小十郎が戻らなかった。
北条氏政を捕らえ、勝ち鬨を鳴らし、辺りを見回せば誰もいなかった。
もうもうと土煙りがけぶる中、そこには戦意を喪失した北条の兵が蹲っているだけで。
「小十郎。」
呟けばそれに応えるように小さく風が頬を撫ぜる。
チ、と舌打ちをして北条のじいさんを近くにいた自軍の兵に引き渡した。
「ひ、筆頭…」
「お前らは先に引き上げろ。」
俺は小十郎を探す。
そう言って唇を噛んだ。
この辺りにあの忍の気配はもう無い。
北条が落ちてどこへなりと姿を晦ませたのだろう。
そうなってしまえばこちらとて用など。
「Goddamn…」
馬に乗って山道を下りた。
木が薙ぎ倒され、折れた矢が無数に刺さる獣道。
焦げ臭い臭いに鼻がもげそうだ。
小十郎と別れたのはこの獣道を下って山道に出たところだったが、そこに近づいてみても気配は見当たらなかった。
「チ、」
二回目の舌打ちが出る。
選択肢は二つだ。
風魔を退け、俺を追ったか。
深手を負い、退いたか。
どちらにしてもこう血の臭いが臭ぇと楽観はできそうにない。
「Ah―?」
嫌な予感に首を振り山道に出れば、小十郎とは違う小さな気配を見つけた。
聞こえてくるのは馬のいななきと幼い声。
この戦場に何故子供が。
思わず山道に出る。
そこには小十郎の上着を着た餓鬼が。
「ってめぇ…!」
小十郎に会ったのか。
その姿を見たのか。
お前の手に懐いている黒馬は小十郎しか乗せねぇ暴れ馬だ。
何故お前がその黒馬に触れる事ができる。
小十郎は、生きているのか。
声を荒げ、身を乗り出した。
てめぇに聞きたい事が腐るほどある。
大人しくそこにいろよと近づけば。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
小十郎の馬に乗って逃げやがった。
Shit!!
早ぇ!!
「逃げんじゃねぇ!」
「片倉さぁぁぁぁぁぁぁん!」
やっぱり小十郎の事を知ってやがるんじゃねぇか!!
何度叫べども言うことを聞かねぇ止まりそうも無い餓鬼に焦れて六爪を抜く。
てめぇが逃げるなら俺だって考えがある。
ああ、考えがある。
「くく…」
その小せぇ体、馬から吹き飛ばしてやろうじゃねぇか。
しがみついてるだけで手綱も取れねぇ子供を落とすぐらい造作もねぇ。
「いやー!何かわろうてるーー!!」
「ほらほら追いつくぜぇー!?」
「きゃーー!!」
間合いに入り六爪を振るえばぶわりと自分にまとわりつく風がうねった。
さぁお遊びは終わりだ。
てめぇが何故小十郎の馬に乗り、小十郎の着物を着ているのか。
俺が納得するように話してもらおうじゃねぇか。
「HELL DRA…」
「真樹緒!!」
「Ah――?」
「片倉さぁぁぁぁぁん!!怖いーーー!!!」
俺が正に六爪を放とうとした刹那、目の前の森が急に開けた。
鬱蒼として暗かった視界が一気に広がり眩さに目を細める。
すでに馬から落ちそうになっていた餓鬼がそこに立っていた男に抱きついた。
だから気をつけろと言っただろう!と荒げる声は聞いたことがある。
まさかと首を振りかぶればそこには俺の右目が。
「小十郎!?」
「政宗様!?」
涙でぐちゃぐちゃになった餓鬼を腹にへばりつけ、驚いたように俺を見上げていた。
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