「(シュシュシュ!)」
「え、」


俺が首を伸ばして銃の音が聞こえて来た方向を見ようとしたら今度は顔の傍をクナイが飛んでいく。
目にもとまらぬ速さで通り過ぎて地面に刺さって。
辺りはどこもかしこも黒い羽で真っ黒。
ひらひらひらひら飛んでる黒い羽。


……
………


ぬ?


あれ?
何だかデジャヴ?
ちょっと前にも黒い羽見たよ俺。
ほら、こーちゃんが俺に逃げてってゆうた時。
あの時も目の前一面に真っ黒な羽が見えたん。


やぁ、ほんなら。
ほんならもしかして。


「…こーちゃん?」


名前を呼んだら強い風が吹いた。
急にたつまきみたいな風に飲み込まれる
ちょっとどきっとして思わず目を瞑って。
風がやんだなーって思ったら俺はいつの間にか明智の光秀さんの肩から降りてて足は地面の上。
前にはこーちゃんの背中。
隣に呆れた様な明智の光秀さん。
それから目の前には。


「光秀…!」
「…ごぶさたしております、帰蝶。」


お元気そうで何よりです。


ああ、こちらにいらしゃるなら言って下さればお出迎えをしましたものを。
申し訳ありません。
ご存知だと思いますが、少し留守にしておりまして。


「っよくもそんな事が言えてね、光秀…!」
「ふふふ…」


蘭丸君のお母さんが。
とっても怒った感じの蘭丸君のお母さんが。
今にも俺らを狙い撃ちしそうな蘭丸君のお母さんがまさかの両手にガトリング砲みたいなんを構えて睨んできますちょう怖いです。
真樹緒です。
こんにちは!


ちょっとごあいさつが遅くなってごめんね。
とってもきんぱくした場面やったからー。
今もちょと蘭丸君のお母さんと明智の光秀さんが睨みあっちゃってるしー。
こーちゃんとお話するのもひそひそ声やないとこのふんいきを壊しちゃうってゆうか!


「こーちゃん、こーちゃん、大丈夫やった?」
「(…こくり、)」


やから俺はこーちゃんのお耳に口をよせて内緒話するみたいにこそこそ。
さっきぶりのこーちゃんやけど病み上がりやし、また無茶してへんかなってこそこそ。


なぁなぁ、こーちゃん。
怪我とかしてへん?
傷開いてへん?
どっこも痛く無い?
大丈夫?


こーちゃんの素敵筋肉をぺたぺた触りながらぶじをかくにんなん。
ほら、大事なお嫁さんがきずものにされたら旦那さん黙ってられへんやん?
いくら相手が蘭丸君のお母さんでもそこはびしっと言わせてもらわなあかんやん?
俺のおよめさんに何するんですか!って怒らなあかんやん?

やからちゃんと確認するん。


「だいじょうぶ?」
「(こくり)」


よかった!
それならよかった。
無事でよかった!
あんしん。


ほら、こーちゃんいっつも我慢しちゃうから。
我慢の子やから。
俺いっつも心配してるんよ?
やからよかった。


「ぬん!」


ほんなら。
こーちゃんが無理してへんねんやったら、俺ちょっと言うとかなあかん事があるん。
せんてをうっておかなあかんの。
お隣におる明智の光秀さんの事やねんけど。
ほら、さっきからこーちゃんがものすごく見てる…睨んじゃってる?お隣の明智の光秀さんの事やねんけどあのね。


さっきこーちゃんクナイ投げてたやん?
明智の光秀さんに俺が背負われてる時。
でもね、心配すること無いからね。
俺、明智の光秀さんにはとってもよくしてもらったからね。
それは今は燃えちゃってるお屋敷におったときかすがちゃんに言った通りやねんけどね。


傷の手当てやろ?
ご飯もいただいたしー。
お習字のお稽古とか、お茶のお稽古もしてもらったんよ?
これ見て。
ずっと懐に入れてあったんやけど、明智の光秀さんに貰ったお習字道具。
それにお土産の干ししいたけとおこし。
燃えたらあかんからちゃんと持って来たん。
これは俺へ、ってくれたんやで。
優しいやろう?


やからね、明智の光秀さんにクナイとか投げたりしたらあかんよ?
いい?
おやくそくできる?


「(……)」
「こーちゃん。」
「(………)」
「こーちゃん、おねがい。」


明智の光秀さんはもう近江のお母さんやから大丈夫なん。
しんじて。
俺をね、信じて欲しいん。
こーちゃんにももう酷い事せえへんから。
こーちゃんのお腹の事は、俺が代わりにごめんなさいするから。
もとはと言えば俺がこーちゃんをお守りできひんかったんやし。


「(…ふるふる)」
「ううん、ごめんね。」
「(…………、)」


「…こーちゃん。」


やからね、それでね、だからね。
明智の光秀さんとこーちゃんがなかよくしてくれると嬉しいな、おれ。
二人とも俺の大事なひとやから。
…、おねがいできる?



「(…こくり)」
「ありがと。」



やっぱりこーちゃんはいい子ね。
よしよしー。
頭よしよしー。
よくできました!


こーちゃんの頭を撫でてお隣の明智の光秀さんと蘭丸君のお母さんをちらっと覗いて見る。
相変わらず蘭丸君のお母さんは怒ってて、相変わらず明智の光秀さんはそれにちょっと口元を上げながらこたえてた。


「ぬん…」


何で明智の光秀さん楽しそうなんやろう。
蘭丸君のお母さんちょう怒ってるのに。
今にもあのガトリング砲撃ちそうやのに。


「何故上総介様を裏切ったの」とか。
「その命を以て償いなさい」とか。
「坊やもろとも撃ち殺してあげるわ」とか。
綺麗なお顔ににあわず結構バイオレンスやで蘭丸君のお母さん…!


「お父さんの事大好きやねんなー…」


そりゃあね、怒るよね。
大事なお父さんを裏切られちゃったりしたら怒るよね。
分かってるんやけどー。
何や明智の光秀さんもちょっぴり自分のやりたい事にしょうじきやったってゆうか。
やぁ、何やりたかったとかは全然知らんのやけど俺!
近江のお母さんのやりたい事とか見当もつかんのやけど!



「ぬん、でもあれよね。」


このままやったら危ないよね。
あそこからやったら明らかに撃たれたらあたるよね。
なんたってガトリング砲やし。
てゆうかどこから出したんやろうあのガトリング砲。
あれ女の人が持ってる様な武器ちがうよ。
こわいよ。



「真樹緒、」
「ぬ?」
「ここから北へ進めば甲斐です。」
「へ?」


視線は蘭丸君のお母さんのまま、急に明智の光秀さんがそんな事言う。
少々遠いですが、あなたの忍の足ならば二日とかからないでしょう。
やっぱり俺を見てくれやんとそんな事を言う。
俺は急に、そんな事を急に言われたもんやから明智の光秀さんを見上げてきょとん。
でも、明智の光秀さんは真剣な顔のまま前を見て、俺と目を合わしてくれへんの。


「明智の光秀さん…?」
「帰蝶は私がお引き受けします。」


彼女の狙いは私の様ですし。
あなたはあなたの忍と共にここを離れなさい今すぐに。


「さあ早く。」
「え?…あ?」
「真樹緒。」


いい子ですから、私の言う事を聞きなさい。
私達は追い詰められています。
このままでは逃げ切れない。
甲斐には、あなたを待つ者がいるのでしょう。
独眼竜や若虎も、あなたの無事を願っている。


「…政宗様…?」
「お会いしましたよ。」
「え…」


血相を変え私の首を狩らんといきり立ち。
怒りに満ちた目で私を睨んでいました。
生憎私は急な用向きがありましたのですぐにその場を立ち去ったのですけれど、それはそれはお元気そうでしたよ。


「ですから真樹緒、」
「…あ…、」
「お行きなさい。」


早く、早く、早く。
でなければ私の心が休まらない。
この瀬戸際にあって、何と言われようが私はあなたを守る。
傷一つつけずに逃がしてみせる。


「明智のみつ、」



ドンドンドン!
ドン!




「!!」
「おしゃべりはそこまでよ。」


覚悟なさいな。


「あなたには何も恨みは無いの坊や。」


忠義深い忍も嫌いじゃないわ。
本当よ?
ただ、私の気が済まないだけ。
あなた達をここで討っておかないと私が我慢ならないの。
光秀のお気に入りの坊や。
光秀の目の前で、光秀諸共消えて頂戴。


痛くは無いわ。
少し熱いだけ。


「ふふ…ごきげんよう。」
「あ…」


蘭丸君のお母さんが可笑しそうに笑う。
笑いながらガトリング砲を構えた。
真っ黒なつつからは煙がもくもく上がってる。
ガトリング砲から撃たれた弾は地面をえぐって。


どうしよう。
どうしたらええんやろう。


このままやったら明智に光秀さんも、こーちゃんも、俺も一緒に撃たれてしまう。
明智の光秀さんが逃げろってゆうけど。
そんなんゆうけど、俺が逃げたら明智の光秀さんはどうするん。


「真樹緒。」


静かに名前を呼ばれた。
とってもとっても怖い声やった。
明智の光秀さんが早く行きなさいって俺の目の前に立って。
こーちゃんが俺の腕を取る。
でも背中が。
明智の光秀さんの背中がすごく広くて大きいんやけど、何やすごい悲しくて。



「あ…」



嫌や。
ここに、明智の光秀さんだけ残していくんは絶対に嫌や。
残して行ったらもう会われへんような気するん。
せっかくまた会えたのに、これから先ずっと会えやんような気がするん。
手をぎゅって握って唇をかんだ。



  

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