鎌の切っ先に火花が散る。
重い重い一弾が撃ち込まれて手が戦慄いた。

見える。
信長公の怒りに満ちた目が見える。

その嘶きに背筋が震え上がる。
恐怖、いいえこれは歓喜。
歓喜と恍惚。
私の鎌は今魔王の血を得んと飢えた獣の様に。


「ああ、臭う。臭いますよ信長公。」


血を流しましたね。
私には分かります。


信長公の血の臭い、何と甘美な…!
鎌を振るいその首を目がけ。
目の前に構えられた黒筒に体を逸らせば右肩に甘い痛みが走る。
それに震え鎌を薙ぎった。


「ふふふ…」
「うつけめェ…」


黒筒が真中から切り落ちた。
憎々しそうに私を見る信長公に笑みを。
黒筒がまるでがらくたのように投げ捨てられて。
火薬の臭いと公の血の臭いに私の頭は陶酔する。


「右腕はもう使えませんねぇ…」


流石信長公。
見事に骨を砕いて下さいました。


血が止めどなく流れて来る。
触れればとても温かい。
けれど残念です。
私はあなたの血をすすりたい。


「公の血は一体どんな味がするのでしょう。」
「…たわけが。」


貴様如きが味わうには過ぎる血ぞ。


「ふふ…」


右手に持っていた鎌を捨て、だらりと揺れる役に立たない右腕を一瞥する。
指が動くかと動かしてみるけれど僅かの感覚も無い。
麻痺したように重くそこにあるだけで。
…腕の一本など何の未練も無いはずなのに。



「…、」



不意に、我に返る。


死と生の瀬戸際で、夢にまで見た相手との斬り合いの最中、血の臭いに陶酔し、後は全てに溺れ飲み込まれて行くだけだというのに。
我に返る。
その途端激痛が肩を走る。


「…こんな時に…」


何故、私は考えているのか。
何故、私はあの子供の事を考えているのか。



何故。



「ふふ…」



いいえ、いいえ。
何を馬鹿な事を。
私の事などあれには何も関係が無い。
あるはずがない。



私は――



「懐が空いておるぞ光秀ェ…!」
「っ…!!」



信長公の刀、その切っ先を鎌に受けた。
途端にあの、恍惚とした血の臭いに包まれる。


ああそうだ。
そうだ、そうだ、そうです。


私は。
私の望みを叶える為にここにいる。
耽っている場合ではない。
我など取り戻している場合ではない。


「ふふふ…」


私は公の血を、肉を、この鎌で。
そう再び背筋が戦慄きを捕えた時だった。



「MAGUNAMU!!」
「烈火ァァァァ!!」



境内の外。
私を討つため陣を組んでいた織田の兵士達の悲鳴と共に。


「…あれは、」


舞い上がる土煙り。
稲光が輝き、紅蓮の炎柱が天を貫く。
轟音と共にそれが交われば一瞬の静寂。
真昼と見まごうばかりに辺りが光に飲み込まれ。
門を破壊し現れたのは。


「見つけたぜ明智光秀ェェェェェ…!!!」
「待たれよ政宗殿!あれに見えるは目途たる明智光秀と、織田、信長…!」


怒りに咽ぶ独眼竜とあれは甲斐の。



……
………



「………独眼竜…」


そう、あれは奥州の独眼竜と甲斐の若虎。


ええ存じておりますとも。
多分に存じておりますとも。
その名は日の本中に轟いていると言っても過言では無いでしょう。
そしてそう、独眼竜に至っては私に積もる話もあるでしょう。

心得ています。
心得ておりますけれど。
あなた方こんな所で何をやっていらっしゃるので。


「てめぇには聞きたい事が山程あるぜ明智光秀!!」
「某も貴殿に申し上げたい事が山ほどござる!」


「つまりは…私を追ってこられたと、」


頭の中が一気に醒める。
二人の猛者の、噛みつかんばかりの覇気を浴びて。



……
………



やはりあなた方はこんな所で何をやっているのか。


ええ確かに私、あなたに申し上げませんでしたよ。
あの子が、真樹緒がどこにいるかなどという事は。
ですがそんなもの少し考えれば分かりますでしょう。
私が連れて行ったのですから私の屋敷にいるんですよ。
私の屋敷であの忍のお嬢さんとおこしでも食べているんじゃないですか。


それなのに何をこんな所でのうのうと。


それこそここに信長公しかいないとなると蘭丸や帰蝶がそちらに向かっているかもしれないのですよ。
私の企みはどうやら公に筒抜けだった様ですし。
忍のお嬢さんだけでは心もとなく、私としてはあなた方があちらへ向かうと踏んでいたのですが。
真樹緒の元へ行くと思っていたのですが。
よしんば近江と本能寺の二択だとしてあなたがそれを外すとは。



「………独眼竜。」
「Ah!?てめーの言い分なんざ聞かねえぞShut up!!!」
「…独眼竜。」
「お前、真樹緒に何をしたか忘れたとは言わせねえ。」
独眼竜。
「大人しく俺に斬られやがれYou see!!」
独眼竜。
Ah―!?何だ!
あなたにはがっかりです独眼竜。


ええ、がっかりです。


真樹緒はあなたの寵児ではなかったのですか。
可愛がっているのでは無かったのですか。
屋敷におりましたらあなたの事ばかりを話すのですよ何でもご一緒に床につかれるのですよね毎晩。
それはそれは甘い一時と過ごしておいでとか。
他にも例を挙げれば限がありません。
あれの余りの甘やかされっぷりに私が黙った程です。


それなのに。


それなのに何故あなたここにいるのです。
ああもう本当に。



がっかりです。



……
………



ハァーーー!?


何でてめーにそんな事言われなきゃならねーんだShit!!
明智光秀!
お前が真樹緒に何をしたのか分かってるんだろうな。
あの小さな体を俺の目の前で引き裂いたんだYou know!
俺はお前をたたっ斬ってやらなきゃ気が済まねぇんだよ!!



「信長公。」


きゃんきゃんと吠えている独眼竜を一瞥し、公を振り返る。


「時に帰蝶と蘭丸の姿が見えませんが。」
「愚問ぞ。」


ああ、やはり。
近江へはあの二人が。



目を、閉じてゆっくりと開く。



……
………



「…独眼竜、やはりあなたにはがっかりですよ。
シャーラーップ…!!!


こうなってはあれこれと考えている場合ではありません。
このがっかりな独眼竜の相手をしている場合でもありません。
それこそ。


「信長公、残念ですが私少し用向きを思い出しました。」


あなたとの饗宴暫くお預けの様です。
折角公を美味しく頂こうと思っていましたのに無粋な邪魔が入ってしまいましたので。


「次なぞ無いわ光秀ェ。」
「ふふふ…つれない方ですね。」


いえ、邪魔と言っては語弊があるかもしれません。
現に私はあのがっかりな独眼竜がいらっしゃった事によって不本意にも核心をつきつけられたのですから。


真樹緒の事を、ご存知だったのですね。
公がそのおつもりなら私は戻らなければなりません。
あの子を、公のお好きな様にはさせない。


「その代わりと言っては何ですが。」


こちらのがっかりな独眼竜と若虎がお相手を。


「Ha!?」
「なっ、それは一体どういう、!」


公はすでにこの現状に飽いているでしょう。
お遊びの手慰みならこのお二人でも十分です。


「独眼竜、積もるお話は又の機会にでも。」


私はこれで失礼します。
次は精々私をがっかりさせないで下さいねお願いします。
あなたの事は真樹緒に重々お伝えしておきますので。
公のお相手は少々骨が折れるかと思いますがどうぞご健闘を。


「っどこへ行く明智!!」
「待たれよ!!」


緑青の火を灯し鎌を振るう。
地を引き裂きその煙に乗じてその場を去った。


独眼竜の声が聞こえる。
若虎の声も聞こえる。
けれど我に返った私が目指すのは。



…真樹緒、あの子まさか逃げ遅れてなどいないでしょうね。



つい半日前に発った近江の地。


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明智の光秀さんは政宗様の事を若僧としか思っていないんじゃないかと思うのです。
それでもキネマ主の話聞く限りちょっと買っていた政宗様が空気読めてなかったのでがっかりしましたがっかり。

明智の光秀さんはまたキネマ主の所へ戻ります。
次回はやっとこキネマ主(か、放置された政宗様と幸村さんと信長様)です。
おシゲちゃんと小十郎さんはまだ甲斐にいます。

後二、三回で三章が終わりそう。
未だキネマ主と政宗様がすれ違っていてすみません(汗)
もうちょっと離れ離れですぬん。

  

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