鴉が鳴いている。
雲が細くたなびき、紫から群青へと移り行く空で鴉が鳴いている。
黒い、黒い木々が覆いかぶさるように寺を囲み、大きく吹いた風に靡いた。
闇はもうすぐそこまで迫っている。
灯籠に灯りがともり始め、現から浮かび上がった様な今宵本能寺。
私の手に持った鎌が、今か今かとその時を待ちわびている。


「ふふふ…」


目の前を進む魔王の背に寸分の隙も無い。
そこにあるのは畏怖と脅威。
禍々しささえ畏敬に値する絶対的な存在。
血と、肉と、阿鼻叫喚を浴び続けた魔王、信長公。


その凛然たる自負を持つあなたに爪を立て、肉を引き裂き滴る血を舐めれば一体どんな味がするのでしょう。
どんな声を聞かせて下さるのでしょう。
それを考えるだけで私は手が震えてしまいます。


「光秀。」
「はい、ここに。」



ただ、信長公の意図をまだ私は計りかねている。



振り返る公の面を見据えた。
傍を一陣の風が通り抜けてゆく。
そしてすぐに風が凪ぎいた。
木も、音も、私の心さえも。


静まり返る。
動けずにいる。


「ふふ…ふふふふふ…」


此度の本能寺への立ち寄り、名目は義弟君の後見、朝倉への訪問だと聞き及んでおりますが、特に朝倉で不穏な動きも無かったはず。
近しい方に公の支配を逃れんとしている輩がいる事は存じておりますが、それを擁護するなどという話も聞いていません。
寺の外で休みを取っているはずの兵達が何故か陣を張って。


「…そうですか、そうですか…ふふふ…」


髪が揺れた。
足も動く。
鎌の重みを確かめて一振り。



「信長公、いつからお分かりで?」



私、それはそれは献身的にお仕えしてきたと思うのですが。
あなたのおっしゃられるままに幾人もの人間の息の根を止め、亡骸を踏みつぶして参りました。
そう、それこそ。



「恐れ多くも公の寝首を掻こうなどという素振りなど、出していませんでしたでしょう?」



うまく、うまく隠していましたのに。
にやりと口元を上げて見せれば米神の傍を公の武器が掠めて行く。
轟音が響き渡り髪がはらはらと舞った。


「光秀ェ、」
「…何でしょう。」
「貴様徳川を攻めんかった由、申してみよ。」


我はかの狸を打ち取って参れと命じたはずぞ。


「…その事なら申し上げたはずですが。」
「答えよ。」
「…恐れ多くも、」


徳川へ進軍しようとした折、背後から伊達軍が今川領へ向かっていると斥候より報告が入り。
くしくも浅井殿と私の自軍が揃っている今、これは奇襲をかけ独眼竜を討つ契機かと判断しそうしたまで。
全てはこの光秀の独断にございます。
しかしあのまま公の命通りに徳川を討っていましたら、私達が独眼竜に背後を突かれていましたかと。


「建前なぞ聞く耳持たぬわ。」
「おや心外な。」


黒く光る筒がこちらを向いている。
不敵に笑う魔王に死角は無く、後一歩前に出ればあの引き金を引き簡単に私の脳天を打ち抜いてしまうだろう。


心地よい緊張が走る。
恍惚とした痺れが体中を駆け巡る。


「ふふふ…」


私としてはとても上手な言い訳かと思ったのですが。
信長公がそうおっしゃるなら仕方ありません。
私としてはあの件で、焦れ、苛立ち、怒髪天衝く公を拝見出来るかと思っておりましたのに。
とても残念です。


「私は独眼竜や徳川など、どうなろうと興味はありません。」


天下にも興味はありません。
勿論信長公のおっしゃる天下布武にも興味はありません。
私が望むのは唯一つ。
公の血を浴び肉を裂く事。
死神の名にふさわしくその首をこの鎌で刈る事。
そして心地よい叫喚を聞く事。


あの戦で浅井と独眼竜が共倒れでもして下さっていたらあなたの戦力も削げ私としては申し分なかったのですが。
今となってはそんなものはもうどうでも良い事です。
私には関係の無い事だ。


「飼い犬に手を噛まれたご感想はいかがですか。」
「ふん、犬如きに噛まれて滴る魔王の血では無いわ。」


鎌を両手に、一呼吸。
切れる程の殺気に中てられる。


ああ、心地よい。
この殺気も、背筋を通り過ぎて行く緊張も。



「さぁ、信長公どうぞ美味しく私に食べられて下さい…!」
「たァわけがぁぁぁぁ!!!」



最高に心地良くて私少々正気を無くしてしまいそうですよ信長公…!


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明智の光秀さんと信長様。
明智の光秀さんは根本的に変態ではあるかと思います信長様に対して。

別にキネマ主の前で猫を被っているとかではないですよ。
キネマ主の前でも血とか肉とか言ってると思います。
でもキネマ主は「そんな事ゆうてる割には血色悪いよねー、明智の光秀さん」とか言われてますぬん。


  

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