「…真樹緒、ならば、」
「う?」
「ならば早くここを出るぞ。」
「へ?」
お前が無事過ごしていたのなら、それで十分だ。
あの明智光秀が何を考えているのかは分からないが、手厚い待遇を受けていたというのなら私はもう何も言わない。
だがな、真樹緒。
かすがちゃんが静かに言う。
「明智光秀はやはり敵だ。」
お前はここにいてはいけない。
私の気が休まらない。
伊達政宗や片倉小十郎がお前を探している。
お前が無事でいるかと憂慮の念が絶えなかろう。
頼むから私と共に来い。
「かすがちゃん…」
「それに、明智光秀が去り際に残した言葉も気にかかる。」
「へ?」
言っていただろう、ってかすがちゃんがおこしを食べてくれた。
甘いなってかすがちゃんが笑ってくれた。
ちょっと重たい雰囲気が柔らかくなって俺の力も抜ける。
緊張してたのがほっとする。
真剣なお話は真剣なお話やねんけど一息つけた感じ。
嬉しくなって俺もすでに三つ目のおこしをもぐもぐ。
明智の光秀さん何かゆうてたっけ?ってもぐもぐ。
「ぐれぐれもお前を頼む、と奴は言っていた。」
何を企んでいるかは分からないが、この屋敷にすでに人の気配が全く無くなっているところを見ると、私達もすぐにここを離れた方がいいだろう。
「ぬ?お屋敷、だれも人おれへんの?」
お習字の先生も?
女中さんも?
あれ?
みんな?
「ああ。」
「いつのまに…!!」
何で…!!
ぬーん。
やぁ、何でやろう。
皆でどこに行ったんやろう。
俺はお忍びさんやないから気配とかよう分からへんねんけど、結構前からお屋敷もぬけの殻やったんやってかすがちゃんすごい…!
明智の光秀さんが何かゆうたんかなぁ。
一斉におでかけやなんて変なの。
凄い大変なご用事があったんやろうか。
しんぱい!
「でも、」
「真樹緒?」
「でもやぁ、かすがちゃん。」
俺、思うんやけど。
ちょっと思うんやけど。
もしね、ここを離れた方がいいんやったとしてもやぁ。
勝手に出て行くんはちょっとな、って思うん。
俺すっごいお世話になったんここで。
女中さんにも明智の光秀さんにも。
女中さんはもうお出かけしてもうたからあかんかもしれやんけど、ほら明智の光秀さんは帰ってくるやん?
お仕事行ってるだけやしやぁ。
やからね。
「俺、明智の光秀さんが帰って来てから帰る。」
「なっ!真樹緒!?」
「勝手におらんようになったら、明智の光秀さんびっくりしてまうかもしれへんもん。」
それにね、明智の光秀さん帰ってきて一人やったら寂しいやんか。
「真樹緒お前…」
「ご挨拶ぐらいしていきたいってゆうか。」
ぬん。
行ってらっしゃいって言えやんかったし、お帰りなさいは言いたいなって。
おこしの粉がついた手を懐紙の上でパンパン、って払ってかすがちゃんをちらって見上げた。
怒られるかなって思いながらそおっとね。
俺の事をとっても心配してくれてるかすがちゃんやから、ほら、また真樹緒!って怒られそうやん?
嬉しいんやけどやっぱりちょびっと怖いん。
眉毛を釣り上げて俺を見てるかな。
くちびるを噛んでもうてるかもしれへんよ。
どきどきしながら見たのにかすがちゃんは何でか立ち上がって辺りをきょろきょろ見渡してたん。
「かすがちゃん?」
あれ?
どないしたん。
さっきまで座っておこし食べてたのに。
怒ってるかなって思ってたのに。
「真樹緒、私の傍へ来い。」
「ぬ?」
腕を引っ張られてちょっと傾きながらかすがちゃんの後ろに転がる。
お茶がこぼれてもうたけどかすがちゃんはそれどころやないみたい。
俺がかすがちゃん、って呼んでもずっときょろきょろ。
お庭を見て、天井を見て、畳を睨んで。
どうしたんかすがちゃん。
何かあったん?
手を引いてみても動くなって言われて終わり。
ぬん、さっきのおこしののほほんはどこに行ったんやろうってゆう緊迫かん!
やぁ、怒られるかもしれへんドキドキはあったけど!
「っそこか!!」
ひゅん、って風を切る音がした。
それはかすがちゃんのクナイで。
ピンク色の綺麗な糸にくっついたクナイをお庭に植わってある松の木めがけていっぱい投げたん。
俺はそれを眼で追って、誰かおるんやろうか、って目で追って。
そしたらがさがさがさって松の木が揺れて。
揺れて、揺れて。
「あ…」
ふわふわ揺れる黒い羽。
「っ何だ!?」
かすがちゃんと俺を包む黒い煙と黒い羽。
目の前いっぱいに広がる。
やぁ、これは。
この羽は。
「こ、」
かすがちゃんの背中から出て、その煙に手を伸ばす。
ちょっと手が震えてたんはびっくりしたんと、信じられへんのと、まさか何でここに、ってゆうんと、とにかくいろんな気持ちがいっぱい頭の中をぐるぐるしてたからで。
お腹をぐるぐるしてたからで。
でも伸ばした手がぎゅうって掴まれて。
「こーちゃん…」
俺は、力が抜けて。
涙が出てきて。
ぼろぼろぼろぼろ、とまらんくって。
「こーちゃぁぁん…」
足が崩れ落ちる。
立ってられへんようになる。
でもちゃんとこーちゃんが受け止めてくれる。
受け止めてぎゅって抱きしめてくれる。
黒い羽の中から出て来たんは俺の大好きなこーちゃんで。
会いたくてしょうがなかったこーちゃんで。
「こーちゃん…」
俺も負けやんくらい強くこーちゃんの首につかまってぎゅう。
お久しぶりのこーちゃんの匂いはちょっと薬の匂い。
それでも俺が知ってるこーちゃんの匂い。
眼の奥が熱くて、鼻が詰まって息がしにくくって苦しい。
こーちゃん、こーちゃん、って何回も名前を呼んだ。
名前を呼ぶたんびにこーちゃんはおっきい手で俺の頭を撫でてくれる。
「こーちゃんや…」
「(なでなで)」
「ぬーん。」
こーちゃぁぁん。
やぁ、こーちゃん俺を探しに来てくれたん。
会いに来てくれたん。
けがしたって聞いたで。
大丈夫なん。
うれしい。
俺うれしい。
ありがとう、ありがとうこーちゃん。
「こーちゃん。」
こーちゃんとおでこをこつん。
鼻をすりすり。
ほら、俺らが離れ離れになってもた日にやったやつ。
それからやっぱりぎゅう。
涙がやっと止まって。
こーちゃんが涙のあとを指でなでてくれるからくすぐったくって笑う。
「こちょばいよ、こーちゃん。」
「(な か な い で)」
「もう、へいき。」
大丈夫。
おれ大丈夫やでこーちゃん。
でももうちょっとだけこうやってくっつかせててな。
まだまだこーちゃんが足りへんの俺。
お久しぶり過ぎて充電しやなあかんの。
大事なこーちゃんとやっと会えたんやから!
「…真樹緒の忍だったのか。」
「ういうい。」
かすがちゃんが構えてたクナイを下ろして溜息を吐いた。
あれやぁ、言うてなかったかしらー。
こーちゃんは俺の大事なお嫁さんでー、俺と一緒におってくれてるお忍びさんなんやで!
ご自慢のお忍びさんなん!
こーちゃんをぎゅってしてかすがちゃんに言うたら「そうか」ってにっこり笑ってくれた。
ぬんぬん。
かすがちゃんと同じお忍びさんやから仲良くしたってくれると嬉しいわー。
さっちゃんとはもうとっても仲良しさんやから!
「だから俺様、風魔と仲良くした覚えは一度たりともないからね。」
「ぬ?」
「なっ、お前…!!」
俺がこーちゃんの頭をなでなでしてたら足元が真っ黒になって、畳やのに何か真っ黒になって、煙が。
こーちゃんがやってきた見たいなけむりが畳から。
ほんならそこからなんと。
なんと!!
「さっちゃん!!」
「やーっと見つけたよ真樹緒。」
もう、ほんっとこーちゃん足が速くって。
笑いながらさっちゃんが!
甲斐のお忍びさんのさっちゃんが!
やぁ、さっちゃんも俺を探してくれてたん!?
心配しててくれたん!?
「さっちゃ、」
「さぁ、じっくりゆっくり話を聞かせてもらおうか。」
俺様屋敷で待っててねって言ったよねあの日。
何勝手な事してるの皆に心配かけてもし言い訳があるなら言ってごらん。
聞くだけなら聞いてあげるから言ってごらん。
さっちゃんの目を見て言ってごらん。
……
………
「ぬん…」
甲斐のお忍びさんやけど甲斐のお母さんなさっちゃんが笑ってるのに笑って無い笑顔でこーちゃんにくっつく俺を見下ろしました。
背中に黒いもやもやを背負って俺を見下ろしました。
それを見たかすがちゃんがちょっぴり顔を引きつらせて。
さっちゃんに会えたんはとっても嬉しいんやけど、俺の背筋はぽかぽか陽気のお昼下がりにも関わらずとっても寒気が走ります真樹緒です!
甲斐のお母さんはお久しぶりに会ってもやっぱり甲斐のお母さん…!
---------------
こーちゃんとさっちゃんが来ました。
お忍びさん三人がそろって私が嬉しいです。
甲斐のお母さんのあれは愛なのですよ…!
次回は佐助さんや小太郎さんとお話。
もう少ししたらまた忙しくなるお屋敷ですがとにかく佐助さんや小太郎さんにおこし食べてまったり(?)してもらいますタイトルがおこしいかがですかなので…!
その次が明智の光秀さんか、政宗様達。
うーん。
三章ももう少しだと思っていたけれどまだまだ続いてしまいそうです(汗)
←book top
←キネマ目次
←top