「まず右手で茶杓を取り、左手で棗を取ります。」
「はい。」
「薬指と小指で茶杓を握り込み残りの指で棗の蓋を取りましょう。」
そしてその蓋を右膝前に置きます。
「はいはい。」
それから茶杓を持ち直して棗の抹茶を向こうから二さじすくい、茶碗に入れます。
いいですか。
そう言って俺の前でちっさい、紅茶スプーンよりも小さいおさじで抹茶の粉をお茶碗に入れたのは、俺がこの間からお世話になってる明智の光秀さんで。
俺はその後ろに正座しながら流れるような手さばきを見せてくれてる明智の光秀さんを観察してます。
そろそろ足がしびれて来たけど言いだすタイミングがちょっと無くってお尻とか足とかがもじもじしてる真樹緒です。
こんにちは!
「聞いていますか、真樹緒。」
「やぁやぁ、聞いてるよ。」
あんな。
今日はお外のお天気があんまりよくなくって、お昼から雨が降り始めてやぁ。
お庭のお掃除とかが出来やんからな、厨のお手伝いした後お部屋でごろごろしてたん。
俺、暇で暇でしょうがなくってね。
お腹の傷ももう全然痛くないし。
サラシもそろそろ取れそうやし。
こう、体を動かしたくってしょうがないんやけど外雨やんか。
やからごろごろごろごろ。
お部屋の端から端までごろごろごろごろ。
どすん、って襖に当たって止まってもう一回向こうの端っこまで行こうかなーって思った時にな。
明智の光秀さんがやってきて「真樹緒少し付き合いなさい」って呼ばれたん。
ほんなら何やお茶のお作法を教えてくれるらしくって。
「包丁の使い方はもう十分な様ですし」ってゆうて今度はお茶のお作法やねんて。
今、目の前でそのお茶のおてまえをやってみせてくれてるんやけど。
「櫂先の茶を払った後に茶杓を再び握り棗の蓋をしめ、棗を元の位置に戻します。」
この時に茶杓も棗の上に戻すのですよ。
「…ぬん…」
お湯を茶碗の中に入れながら明智の光秀さんがお作法を説明してくれてるんやけど。
してくれてるんやけど……もう、何が何だか…!!
お湯入れるまでのお作法が多くって俺、何が何だか…!!
なつめとかかいさきとかもう一体何のことだか…!
ぬーん。
まさかお茶のお作法にこんなに順番があったなんてー。
おさじで抹茶すくってお湯入れてばーってかき混ぜるだけやったらあかんのかなー。
こう、ひょいっとすくってお湯もそおっと入れてシャカシャカ混ぜるだけやったらあかんのかなー。
おんなじやと思うんやけど!
「真樹緒。」
「ぬ?」
「茶が点ちましたよ。」
どうぞ。
目の前にす、って出されたんは抹茶が入ったお茶碗。
緑色の抹茶がふわっとあわ立ってて見た目はなんだか抹茶オレ。
やぁ、ミルクは入ってないんやけど!
でも抹茶オレ。
ぬん、おいしそう!
「飲んでええの?」
「ええ。」
そちらの作法はまた追々。
今日はご自由にどうぞ。
こっちを向いてちょっと笑いながら明智の光秀さんがゆうた。
そう言えばお茶って飲む方もお作法あるよね。
三回まわすんやっけ?
二回?
うん?
よう分からんけど明智の光秀さんはご自由に、ってゆうてるしお茶碗持って三回回してみるん。
でも何か明智の光秀さんに笑われて俺はきょとん。
あれ、間違ってたやろうか。
ぬん…
今度ちゃんとしたやつ教えてもらおー。
今日は三回で!
「いただきます。」
お茶碗に口をつけて。
ご自由にってゆうてもいくらなんでも音は立てたらあかんよねー。
やからちょっとずつ静かにいただくん。
ほんのり香るお抹茶のにおいはすごいいい匂い。
お茶の匂いっていいよね。
こう、ほうじ茶とか緑茶の匂いとかかいでたら落ち着くよね。
すん、ってお抹茶の匂いをかいでひとくち。
口の中で味わって味わって、味わって。
ふたくちめ。
「いかがですか?」
「ぬう……、」
「真樹緒?」
「…おさとう入れていい?」
思ってたより苦いん。
何か、こう喉に残る感じ。
喉に苦みが残ってあとあじ引く感じ。
逃げられへん感じ。
見かけは抹茶オレやのに何て威力―。
「おさとう。」
おさとう入れたら甘くなって素敵な抹茶オレになると思うん。
こう苦みがまろやかになって!
どお!
おさとう入れてみない!
「まず茶の道を志す全ての者にお謝りなさい。」
そしてその次に私にお謝りなさい。
ガッ!!!
「にょぉぉ!いたい!!!」
おでこいたい!
明智の光秀さん何するん…!
それお湯すくってたひしゃくやんか…!!
そんなんで頭スコンって叩かんといてぇやひどい!
効果音は「ガッ!」やったけど…!
ちょういたい!!
「ぬー…」
お茶碗を置いておでこをさする。
明智の光秀さんひどいねんで。
俺ちょっと抹茶が苦いからおさとう欲しかっただけやのに。
思った事ゆうただけやのに。
ひしゃくでおでこたたくんやで!!
「真樹緒。」
「……うい、」
「返事は短く簡潔に「はい」です。」
ガッ…!
「っはい…!」
にかいめ…!
いたい!!
「明日はあなたが点てるのですよ真樹緒。」
「はーい。」
「返事は。」
「は い !!」
もー。
明智の光秀さんはスパルタなんだからー。
お料理してる時もやー、俺が包丁うまい事使われへんかったら菜箸で手をびしっと刺してくるねんで。
もー。
おシゲちゃん以上に厳しいんだからー。
でもその代わりちゃんと出来たらほめてくれるけどー。
……
………
………第三のお母さん…!!
「…明智の光秀さん。」
「何ですか。」
「今俺らがおるここって何てゆうとこ?」
「近江ですが。」
それが何か。
「近江のお母さん…!」
「誰がお母さんですか。」
ガッ…!!
「いたい…!!」
さんかいめ…!
ちょう痛い!!
「点前中、無駄口は許しませんよ。」
ぬん…
近江のお母さんはお母さんの中でも一番怖いかもしれません。
ってゆうかお母さんてみんなこわい。
そこに愛があるからたえられるんだけどー。
…ぬう、おでこちょうひりひりする。
「ごちそうさまでしたー。」
「お粗末様でした。」
お抹茶を最後までいただいて、ごちそうさまでしたってぺこり。
足を崩していいですよってゆわれたからしびれてた足をゆっくり伸ばしてもみもみ。
三回も「ガッ!」ってやられたところをさすさす。
足がしびれてたんがばれてたみたいで、明智の光秀さんに「修練が足りません」ってゆわれてしまう。
こんだけ正座してたら足絶対しびれると思うんやけどー。
ぬん、明智の光秀さんは足しびれてへんのやろうか。
ずーっと正座のまんまやけど。
あのお膝に乗ったら実はものすごい痺れてて、明智の光秀さんがのたうちまわったりせぇへんやろうか。
「ぬん…」
「もう一発その可愛らしい額に柄杓をお見舞い致しましょうか?」
何を考えているか知りませんが、下らない事をしたら怒りますよ。
「ぬーん!!」
お見通し…!
明智の光秀さんお見通し…!
何なんやろう。
俺ってそんなに分かりやすいんやろうか、色々。
結構みんなに俺の考えってばれてるよね。
ぬーん!
やぁ、それともやっぱり明智の光秀さんが近江のお母さんやからやろうか。
もっぱら俺甲斐のお母さんとかにも考えてる事ばれてた気がする。
俺が足をもみもみしながら明智の光秀さんを見てたら、明智の光秀さんが笑いながら立ち上がった。
誰があなたのお母さんですか、ってまた言いながら。
「真樹緒。」
「はい?」
「私は明日、少し屋敷を空けます。」
「お仕事?」
「ええ。」
私の主が遠征をなさるそうなので。
少し本願寺まで。
「ですので、茶は女中に点ててやりなさい。」
「女中さん?」
「日頃世話になっているのでしょう。」
「!はい!」
お部屋を出て行く時に振り返って明智の光秀さんが言うん。
やぁやぁ、明智の光秀さん本願寺ってところにお仕事やねんて。
本願寺。
本願寺ってあれかなぁ、石山本願寺。
大阪にあったってゆうお寺やんねぇ。
お参りにでも行くんやろうかお仕事で。
ぬーん。
大阪。
やぁ、俺は大阪の田舎出身やけど。
大阪。
「明智の光秀さーん。」
「何ですか。」
「おみやげはおこしがいいなー俺。」
おこし。
ほらお米のお菓子。
あれたまに食べたくなるよね。
急に食べたくなったりするよね。
ほんのり甘くてとってもおいしいよね…!
びっくりしたような顔して俺を見てる明智の光秀さんにお願い。
なぁ、なぁ明智の光秀さん。
もしお仕事終わって時間があったらやぁ、おこし買ってきてほしいなー。
俺、お茶のおてまえ頑張るから。
包丁の使い方ももっと頑張るから。
じ、って明智の光秀さんみてお願い。
あかん?って首を傾げてお願い。
しばらく見つめてたら明智の光秀さんがまた笑った。
「ぬん…」
明智の光秀さんは普通に笑ったら男前やのにねー。
男前てゆうか綺麗な笑顔やのにねー。
美人さんやと思う俺。
ニヤッと笑ったりするから怖いとか言われると思うのよねー。
もったいない…!
「真樹緒。」
「はい?」
「土産の件は考えておきましょう。」
「まじで!」
その代わり、って明智の光秀さんが俺の前でしゃがむ。
それからひりひりしてたおでこを撫でられて。
「明日からは書にも励んでいただきます。」
「しょ?」
「手習いですよ。」
この私を母と呼ぶのなら、真樹緒あなたどこに出しても恥ずかしくない子になっていただきますよ。
覚悟なさい。
……
………
「まじで!!」
「私に限って二言など。」
ニヤリの時とはまた違った何だか怖さのある笑顔で明智の光秀さんが言うた。
素敵な笑顔やのに逆らえない何かを漂わせた笑顔で言うた。
あれ、でもなんかこの笑顔どっかで見たことある。
やぁ、これ。
たまに、たまーにゆっきーが見せるちょっと怖いイイ笑顔にそっくりです…!
あれ、まじで!
近江のお母さんちょっとほんまにこわい…!
明日から習いごとが一つ増えました真樹緒です。
あれでも俺なんで習い事してるんやっけ…!
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はい、尾張じゃなくて実は近江にいましたキネマ主達。
尾張のお母さんの方が語呂が好きなのですけれど、距離的に近江にいた方がいいかなーと思ったわたしの独断ですぬん!
近江のお母さん。
どのお母さんよりもスパルタです。
再び政宗様と再会する時には、お行儀や諸々のお作法はばっちりになっていればいいですね。
はなよめ修業なので(笑)
スパルタだけど何だか絆されてきている明智さん。
ちゃんとお土産買ってきてくれるんじゃないでしょうか。
うーん。
絆されているというよりは、流されている、なのかなぁ。
キネマ主といるペースを何となくわかってきた明智さん、でした。
三回もキネマ主を柄杓で殴ってますが、ちゃんと愛はありますよ!
キネマ主も大げさに言ってるだけで、じゃれているだけなのです。
次回は政宗様側か、明智の光秀さん側になるかと。
キネマ主ははなよめ修業中なので(笑)
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