目の前にいたのは小さな、小さな何の変哲もない子供だった。
折れそうに細い腕と足、華奢な体。
かの独眼竜の元で寵愛されているという子供はいとも容易く鎌の前に倒れ、己の手に落ちた。
首に手を添えれば片手で一回り余り。
傷に手を添えれば顔を苦悶に歪め。
この子供の生死は正に今私に委ねられている。
あの!
あの若く大望に燃える独眼竜の寵児の命が私に…!
ぞくぞくと背中を駆けてゆくのは恍惚。
ああ。
手が震えて今にもその細い首を絞めてしまいそうだ。
じわじわと力を込め、じわじわとその息の根を。
そうしたらあなたはどんな顔を見せてくれるのでしょう。
想像しただけでたまりません。
「…けれどお楽しみは取っておきませんと。」
私、好きな物は最後に残して置く性質なんですよ。
ええ。
本当に。
横たわる小さな体から手を離し立ち上がる。
さぁ、坊や。
あなたが目を開き、己の境遇を知ったならどれほど絶望に打ちひしがれるでしょうか。
俘虜となった己の浅はかさを悔いるのでしょうか。
それとも恐れに泣き叫ぶのでしょうか。
私に罵詈雑言を浴びせかけ、怒りに震えるのでしょうか。
とても、とても、楽しみだ。
……
………
「…楽しみに、していたのですけどねぇ。」
「ぬ?」
「なぜ私あなたと共に朝餉を頂いているんでしょう。」
「へ?」
ぬんぬん、明智の光秀さん何してるん。
早く食べてしまわんとお汁さめてしまうよ。
今日はね、俺がお願いしておネギと大根のお汁なん。
ほんまはなすびのお汁の予定やったみたいなんやけどな、俺がおネギと大根食べたいなーってゆうたら女中さんがかえっこしてくれたん。
優しい女中さんやでなー。
やからほら、明智の光秀さんも食べてー。
「真樹緒。」
「ぬ?はい?」
「あなたいつの間にうちの女中と馴染みになったんですか。」
「えー?」
やってほら。
俺、政宗様のお城でも女中さんのお手伝いしてたし。
最近お腹の傷もあんまり痛くないから。
動くのもおてのものやから。
何かお手伝いないですかーって、明智の光秀さんがお仕事?に行ってる間一緒に掃除とか洗濯とかしてるん。
もちろんお料理のお手伝いもしてるで。
あ、この大根俺が切ったん。
どお。
中々上手に切れたとおもわない!
「…まるで暖簾かと見まごう程の見事な大根で。」
切れていませんよ。
「ぬーん!!」
まじで!!
箸でその大根を持ち上げてみせれば子供の顔が面白いように崩れた。
「しっかり切ったと思ったんやけどー」などと言う真樹緒を横目にそのまま暖簾のような大根を口に入れ噛み締める。
目が覚めたその時、私の意に反してこの子は私を恐れなかった。
悔いる事も無く、怒る事も無かった。
声を上げて泣き叫ぶ事さえも。
ただ不思議そうに私を見上げ私の名を呼び、あまつさえ。
「明智の光秀さん?」
何や手ぇ止まってるよ?
食べへんの?
あ、もしかしておネギ嫌い?
やぁやぁ好き嫌いはあかんよー。
へんしょくはダメだよ、っておシゲちゃんもゆうてたもん。
そういう俺もしいたけ嫌いなんやけどー。
いつもおシゲちゃんに怒られてるんだけどー。
ぬー。
でも明智の光秀さんがどうしてもってゆうんやったらおネギ食べてあげてもええで。
ほら、そうしたらこう二人の距離もちぢまった感じするやん?
その代わりもしいつかしいたけ出たら明智の光秀さん食べてや!
「…、」
「はい、おネギ入れてええでー。」
でもおネギって栄養あるんやで!
ちょっとは食べやなあかんよー。
俺も最近ちょっとやたらしいたけ食べれるようになってきたから!
……
………
あまつさえ。
今の様な屈託のない所得顔で。
腹を裂かれた事など気にもせず、「初めまして」と。
「明智の光秀さん?」
私は、私に笑いながら椀を差し出すこの子がよく分からない。
「一人で食べてもおいしくないやんか!」と。
当たり前だとでも言うように、毎日毎日飽きもせずこの子供は膳を持って私の自室にやってくる。
こちらは人とこんな風に食事を取るのも久方ぶりだというのに。
どう扱って良いのかが分からない。
十分過ぎる程手に余っている。
「…では、お願いしましょうか。」
「あっ、ちょっ全部入れたらあかんやん!」
ちょっとは自分で食べやなあかんってゆうたよ俺!
もー。
膨れながらも葱をぱくぱくと口に入れる子供は何の疑いも無く私の隣にいる。
二日前、目覚めたその日からずっと。
己の帰る場所から攫われて来たというのに。
「…真樹緒。」
「ぬ?」
「あなた、これからどうするつもりですか。」
私に捕えられ、逃げる術も無く。
ただ一人この屋敷に置かれて一体これからどうするつもりですか。
いつ私の気が変わりその首を刎ねんとするかも分かりません。
無力なあなたは何も出来ずその小さな首を刈られるでしょう。
そんな危険が孕んでいるこんなところでどうあるつもりですか。
静かに、静かに言えば茶碗に箸をつけていた真樹緒がぽかんと気の抜けた顔で私を見上げた。
もごもごと口を動かし食んでいたものを飲み込み首をかしげ。
「俺?」
「ええ、」
「ぬー…、」
これからかー。
そういやあんまり考えてなかったけどー。
ってゆうかやぁ。
俺より明智の光秀さんがどうするんか気になってたんやけど。
ほら、俺はお腹の傷が治るまでお世話になろうかなーって思ってたし。
ここの場所がどこなんかも調べたりしやなあかんし。
どうやったら皆がおる所に戻れるかも考えやなあかんし。
名探偵真樹緒再び!みないな感じやし。
あれ俺けっこうハードスケジュール…!!
ぬー…
やからやぁ。
「明智の光秀さんは俺をどうするん?」
ってゆうか俺ほんま何でここに連れてこられたんやろうか。
俺戦える訳でも無いし、普通の子供やし。
できるのはお手伝いぐらいやし!
あ、子供ゆうても16歳やからあんまり子供扱いしやんといてな!
おとしごろやねんから!
「……」
大きな目が私を見ている。
真樹緒の、無垢な目が。
期待する訳でもなく、媚びる訳でもなく、ただただ純粋に。
私はこんな目を久しく知らない。
その目を真っ向から受け止める事の何と大義な事か。
「ふふ…」
何故だかこみ上げる笑いを抑える事が出来ません。
ああ可笑しくてたまらない。
私が、
死神と謳われたこの私がただの子供に。
「明智の光秀さん?」
目の前の子供から目を逸らし緩んだ口元を隠すように椀を傾けた。
ええ、そうです。
私が子供に絆されるなど堪ったものではありません。
これは私の単なる気紛れ。
新しい暇つぶしです。
故に私は存分に楽しまなければ。
「あけち、」
「さぁ…」
「ぬ?」
「さぁ、どうしましょうかねぇこれから。」
見たところ、何の役にも立ちそうにありませんしねぇ。
「ぬーん!」
明智の光秀さん何それどういう事…!
俺ちゃんとお手伝いしてるってゆうたやん!
明智の光秀さんがお仕事言ってる時に俺ちょうがんばってるんやで!
そんないいぐさしんがいだわ!
「まずは包丁の使い方からですね。」
次に大根を暖簾にしようものなら食べませんよ、私。
「まじで…!!」
けっこう頑張ってきったのに…!
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キネマ主と明智さんでございました。
何だかんだいいつつ平和に過ごしています。
明智さん視点でしたが、明智さん自身もよくキネマ主の事をよくわかっていません。
これからじわじわと絆されていったらよいのではないでしょうか。
未だ明智さんの呼び方がアレですみません(汗)
ぶっちゃけると幼名で呼びたいのですが、タイミングが今のところ見当たらないので、しばらくこの状態が続くか、もう「みっちゃん」か「みっち」のどちらかになりそうなよかん…!
そしてもう少し二人のターン?かもしれません。
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