扉を開けば体中の皮を斬られる様な殺気が真っ向から襲って来た。
気を抜けばこの身が吹き飛ばされそうな程の殺気。
そんな殺気は痛み、怒り、悲嘆、その全てを含んで自身の体を駆け抜けてゆく。

嗚呼、なんと激しい。
嗚呼、なんと凄まじい

槍を握る手に力を込め一歩。


「政宗殿。」


途端に再び襲う殺気。
頬の皮が切れた。


「政宗殿。」


構わずもう一歩。
首の皮が切れた。


「政宗殿。」


ここまで。
ここまでご自身が憤怒しておられるというのに。


「お返事下さりませぬか政宗殿。」


見降ろせど、足元に力無く蹲る体は微動だにする事無く、黙ったまままるで出て行けと言わんばかりに殺気を放っておられる。
ただ静かに沸々と。
けれど中てられたそれは殊の外熱い。


己の声は届いておらぬ。
些かも。
それが口惜しく腹立たしい。

何よりも政宗殿がそうあられる事が。
真樹緒殿が思って止まない、そして真樹緒殿を思って止まない政宗殿がそうあられる事が。
何を、何を思ってこんな所で朝から晩まで夜もすがら女々しくも。


「…なれば結構。」


殺気の中、二槍を構えた。
掌から熱く熱く迸る炎を槍に灯し。
大きく刃さえも燃え尽くす様な炎を槍に灯し。


某とて腹の中に燻る思いがありまする。
本当に政宗殿は真樹緒殿を思っておられるのか。
このようなか弱きご様子など、何たる醜態。
この真田幸村、怒っておりまする。
某の怒髪を天衝く激憤の心がお分かりか。

口で申し上げてもお伝えする事が叶わぬのなら某の対である二槍が渾身にその意を示すまで。
ご覚悟召されよ。
手加減するつもりは毛頭ござらん故…!


「燃えよ我が魂!!!」


轟々と燃える槍を力一杯に振り下ろした。
熱気と覇気を思いの丈込めて。

さぁどうされましょうか政宗殿。
避けられるか。
受け止められるか。

それとも。


烈火ぁぁぁぁぁぁ!!!


扉が燃え、砕け、飛び散った。
爆音と共に上がる土煙は座敷を覆い尽くしている。
真っ赤な炎が辺りを包んだ。

僅かの差で蹲る体を避けた槍先は己の甘さ故。
これで政宗殿が目を覚まされればと黙考した。

されど。


「ちょっと旦那…!?」


何って事してるの!


佐助の声が聞こえた。
もうもうとけぶる煙が風に流され己の炎が見える。
そしてその奥庭先に、腕に刀を抱いたまま未だ顔を俯ける政宗殿が見えた。

爆風に吹き飛ばされても尚うつむき。
弱々しく己に反撃もせず。


「…成程。」


政宗殿のお心、お察し致した。
その顔を上げるおつもりは露程もござらん由、よくよく了解仕った。
今の政宗殿のご意思は殊更固いご様子。
なればこれ以上無理強いは致しますまい。

ですがこの幸村。


「その様な政宗殿に申し上げたい事がございます。」


このままでは某の気が済み申さぬ故。
どうが聞いていただきたい。

炎を消しそろりと庭に下りた。
槍を地に突き刺し荒ぶる声を落ち着かせ。


「旦那…!?」
「待て猿飛。」
「右目の旦那…!」


ちょっと右目の旦那!
何で止めないの。
あんたんとこの独眼竜、ただでさえ今弱っているっていうのに。
あのままじゃ猛進した旦那が何するか…!


佐助の声を右から左に聞き流し拳を握りしめた。
皮に爪が食い込む程に強く。


「今の政宗様は俺の声も聞こえちゃいねぇ。」


ただ目の前で真樹緒を奪われた事があの方の全てを捕えている。
捕えられたまま動けずにおられる。
暗闇の中、自らを責めておられる。
あの方のお気持ちは痛い程この身にも。
俺とて同じように。


「右目の旦那…」
「聞こえてねぇんだ。」


あの政宗様を動かせるのは恐らく。

背中に突く様な視線を受け、勿体無い事よと身を引き締めた。
目を閉じ己を見つめ、そして開く。
政宗殿を見据え前に一呼吸。


「政宗殿は一体どういうおつもりか。」


先日から拝見しておりますればいつまでもこんなところで。
その足で立ち上がり、真樹緒殿を追うのが今政宗殿のすべき事ではござらんか。
それをこの体たらく、全くもって不甲斐無い。


「政宗殿はよもや真樹緒殿が失命されたなどとお考えではありませんでしょうな。」


憤りで震える声を隠さず言えども政宗殿の顔は上がらぬ。
ふらりと覚束無く立ち上がり炎で焼かれた座敷に戻ろうとされる。

何と。
何と強情な。


「これでは…これでは真樹緒殿も甲斐無い事よ。」


擦れ違いざまに握り締めた拳を振り被った。
無防備に揺れる政宗殿の顔へ。
これだけ申し上げても何も感じられぬのかと己の怒りは極地だった。


「ちょっ…!旦那!」


何してんの!


佐助の声が聞こえても構わず思うまま力の限り。
しかれど跳ねた政宗殿の体は横たわり土まみれになっても尚力無く。
俺を睨む事すらされぬ。


「…分かり申した。」


政宗殿がそのような態度であられるなら某はもう何も申しは致しませぬ。
腑抜けた政宗殿にはこれ以上何を申し上げても無駄故に。
どうぞ気の済むまでここで蹲っておられるがよい。


「真樹緒殿は某がお助け申す。」


真樹緒殿は必ず生きておられる。
明智光秀の元、どのような処遇に置かれているかは存ぜぬが生きて我らの事を思って下さっている。
希望を捨てず悲観などされず、ただ前向きに。


拳は握ったまま踵を返した。
もう、目の前の腑抜けには用は無い。
己が為すべき事は真樹緒殿をこの手で救出する事。
再びあの笑顔を拝見する事。
真樹緒殿に再び名を呼んでいただく事。


「……てめぇに…」


そして。
再びあの小さな体をこの腕に抱く事。


「てめぇに…」
「…」


そう意を決した矢先。
背中から、小さく聞こえた声にひどく安堵した。
怒れるその声に安堵した。


てめぇに何が分かる真田幸村ァァァ!!!


雷が光る刃が己に向かい振り下ろされ燃える二槍でそれを受け止めた時、ようやっと目が覚めたかとらしくも無く口元が緩んだ。
かような顔が出来るのならば初めから見せればよいと手に力を込めた。


「政宗殿…!」
「俺は誓った!」


誓ったんだ!
真樹緒を守ると。
この手で!
守ると…!
真樹緒の小さな手、笑った顔、温かさ、全てを思い出す事が出来る。
俺を呼ぶ声、けらけらと笑う声、いつだって楽しそうに。


俺がいたのに。
目の前に見えていたのに…!
届かなかった!


「この俺の遺憾と絶望が分るか!」
「政宗殿が何を考えておられるかなど某には見当もつき申さぬ!」


独りよがりも好い加減にされよ…!
一体何を一人で背負われているのか!
真樹緒殿を目の前で奪われたは某共も同じ。
怒り、悲しみ、悔いているのは政宗殿だけではござらん!


眩く光る刃をいなし槍をふるう。
切っ先と切っ先が火花を散らし槍が重く手に圧し掛かった。

酷く重い。
そして熱い。


「俺は!俺が!許せねぇ…!」
「なれば!」


政宗殿がその足で真樹緒殿を迎えに行くのが道理ではござらんか。
真樹緒殿が政宗殿に会いに来た様に…!
今の政宗殿に立ち止まっている暇などどこにも無いと何度も申しておりまする!

それでもやはり動かぬと言うなら某が参りましょうぞ!
真樹緒殿を思う気持ちは某とて負けはせぬ…!


「テメェ…!」
「ぐっ!」


目の前で炎と雷が弾けた。
刃の軌道が見える。
政宗殿の顔が見える。

闇に俯いていたその顔が真っすぐにこちらを見ている。
虚ろだった目は光を持ち。
上がった息はお互いに。



「……てめー…真樹緒は渡さねぇぞ真田幸村。」
「政宗殿が未だ暗い部屋で一人蹲っておられるなら確約は出来ませぬ。」


某とて男。
自負もそれなりに。
真樹緒殿はこの真田幸村にとっても大事にござります。


「…この野郎。」


口元を上げ笑う独眼竜の何と不敵な事よ。
応えて笑えば政宗殿が刃を引かれてそれに倣い己も同じく。
緊張していた大気が解れ、近くで佐助が息を吐くのを聞いた。
その隣で片倉殿が笑みを漏らされているのを見た。



ああ漸く。
漸く。



「小十郎!馬を用意しろ!」
「はっ!」
「佐助!」
「はいはいーっと!」


ご報告しますよ。
全く旦那は驚かしてくれるんだから、と呆れた顔でやって来た忍はそれでも久方ぶりに笑っている。


「明智軍は完全に今川を引き上げた。」


今後こっちへ畳みかけてくる様子は無い。
大分兵力を削がれたからね、形勢を立て直すにしても暫くかかるだろうし。
魔王は本願寺に向けて出発した。
東にかまけるのはきっとその後だ。
事の成り行きを傍観していた明智光秀の真意は分からないけど、ね。


「明智の動向は。」
「放った斥候によりますれば、尾張へ戻った様で。」


恐らく真樹緒もそこにおりましょう。
片倉殿が政宗殿の前に控えられた。
頭を垂れ粛々と。


「旦那。」
「うむ。」


事は良き方に動いている。
政宗殿はもう俯かれる事は無い。
立ち上がり動きだされた。
戦場で倒れた真樹緒殿の忍も一命を取り留めたという。
未だ動く事ままならぬが、意識を戻すのも近日中であろう。


これで漸く。
次の目途へ足を踏み出す事も出来る。


「真樹緒殿が望まれたのは政宗殿への援護。」


未だその希求の旨果たされておらず。
政宗殿が尾張へ向かわれるのなら我らも。


「そうこなくっちゃねー。」


流石旦那!

いつもの調子を取り戻した忍に頷き槍を振りかぶる。
切っ先にがきらりと輝いた。
見れば曇天の雲間から僅か光が。


「おお…」


雪はいつの間にか止んでいた。
曇天が割れ日の光が降り注ぐ。
その幸先に胸が奮え。



「真田。」
「準備は二日もかかりませぬ。」
「Great!」
「…目指すは尾張、死神と名高い明智光秀。」



我らの光、真樹緒殿を返していただき申す。
いざ、尋常に…!


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目指せ格好いい幸村さんのターン…!
撃沈したわけですが。
政宗様がキネマ主の事でびっくりするぐらいへこんでいたのと、幸村さんだってキネマ主の事が大好きでとても怒っていたのが伝わっていれば幸いです。

次回はやっとキネマ主サイド。
ながかった…!
明智の光秀さんとご対面です…!!

  

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