「そうですか、りゅうとあざいが…」
「旧今川領で開戦、しかし突然の雪崩で勝敗は決しなかったようです。」
伊達、浅井明智軍は撤退。
ですが浅井明智軍の被害は大きく、暫くは兵を動かす事もままならずありましょう。
「伊達軍はかねてより盟を結んだ武田に留まっております。」
織田は本願寺を攻める為進軍を開始しました。
此度の戦を静観していた徳川に動きはありません。
水面下で本田忠勝が動いているようですが、未だその意図は測れず。
「…歯痒うございます。」
そして。
戦場で明智光秀に連れ去られたあの。
あの子供の行方、
遠目からでは確かめられなかったけれど、もしかしたら。
「かすが。」
「はっ、」
「なにかきがかりがありますか。」
かおいろがよくありません。
「おまえがいまがわよりもちかえったほうこくいがいに、なにかゆうりょなことがありましたか。」
「あっ、も、申し訳ありません…!」
何という事。
私とした事が主にあのような顔をさせてしまうなんて…!
忍が私情に溺れるなど無用だというのに。
「申し訳ありません謙信様…!」
「かすが。」
「は、はい…!」
「おまえがなにをあんじているかはわかりませんが。」
おまえにはもうしばらく、あちらのどうこうをさぐってもらうつもりです。
そのおりどうのようにうごくかはおまえのおもうままに。
「謙信様…!」
「おまえのおもうままぞんぶんに。」
わたしのうつくしきつるぎ。
さきほこっておいでなさい。
「そのようなかおはおまえにはにあいませんよ。」
「もっ、勿体無きお言葉です…!」
謙信様、
謙信様…!
嗚呼…!!
***
あの戦から一夜が明けた。
静かに静かに屋敷を包む雪は未だ止むこと事なく降り続いている。
曇天はまるで己の心模様のようだ。
空を見上げては力足らずで不甲斐無い己を叱咤し、瞼の裏に焼きついた光景に唇を噛み締めた。
何という事であろう。
大事なかの方が倒れ、そして奪われてゆくのを目の前で見る事になるとは。
小さな体がまるで人形のように力無く明智光秀の切っ先に倒れた。
その場で己は動く事ができなかった。
失うというのはこのような事かと、心の臓に突然に開いた風穴が閉じることは無い。
その穴をするりと手ごたえの無い何かが擦りぬけてゆく。
背が冷え足元は歩く事さえおぼつかない。
空虚な体は風に吹かれれば否応も無く吹き飛ばされてしまいそうだ。
だがそうなるまいと足を踏み締め拳を握る。
力の限りを込めて。
空を見上げていた目を真正面に見据え。
自らを見つめ。
己の為すべき事を心に問うた。
「立ち止まっていてどうする。」
かの方は。
真樹緒殿は、ご自分の思うまま先を目指している方だった。
何にも恐れる事無く己を信じ。
きらきらと眩しく光っておられる方だった。
何物にも屈したりはしない方だった。
きっと今も、真樹緒殿は耐え忍び、そして受け入れ真っすぐに進んでおられるはず。
それならば。
「佐助。」
「うん。」
刹那、背後に現れた気配に振り返る。
音を立てる事無く現れた己の忍はあの戦以来笑わなくなった。
難しい顔で口を噤み真樹緒殿の名を呼ばなくなった。
命じてもいないのに闇を駆け、明智光秀の確報を得んと奔走している。
「政宗殿は。」
「…相変わらずだね。」
部屋に籠ったきり音沙汰無く。
僅か扉でも開こうものなら斬り裂くような殺気を放たれて踏み込めやしない。
別に無理矢理入ってやってもいいけどさ。
…、ここは。
独眼竜の心情を推して測るべきだろうし。
不満げな顔を隠しもせず肩をすくめた佐助に頷き踵を返す。
片倉殿はと漏らせば「未だ様子を見ているみたいだ」と再び苦虫を噛み潰したような顔で。
「…うむ…」
政宗殿は戦場で我を忘れたかの様に咆哮された。
真樹緒殿の名を呼び、体から雷光をたゆたわせ、瞳孔を見開き。
俺は怒れる龍を見た。
そしてその龍が泣くのを見た。
うちひしがれるとはこのような事かと、言葉を失った。
屋敷での政宗殿はどこか遠くを見る様な目で。
震える腕に刀を抱き、暗く寒冷な部屋に籠られている。
己を戒め、責め、悔み。
虚ろのまま蹲り、全てを抱えておられる。
片倉殿は痛々しい程にそのような政宗殿を見守られて。
「旦那。」
「何だ。」
「俺様、あの子とは独眼竜程の時を過ごした訳じゃ無いけどさ。」
でも、独眼竜の心持ちも分かるんだよね。
少し。
振り返れば真っすぐな佐助の目とぶつかった。
「それは俺とて同じ事。」
それ故。
俺は腹立たしくて仕様が無いのだ。
同じように真っすぐに受け止め応えて見せる。
真樹緒殿が窮地の今、蹲っている暇など政宗殿にはあり申さぬ。
暗い部屋でその闇に囚われている暇など僅かもあり申さぬ。
思い悩まれる事は結構。
だがそこで立ち止まられては。
そのまま闇に呑み込まれては。
これは己にも言い聞かせた事だ。
まずは一歩。
足を前に。
「いい加減に、目をお覚まし頂かなくては。」
……
………
「……旦那?」
あれ、ちょっと旦那。
どこ行くの。
ここお屋敷だよ。
何で二槍持ってるの。
そして何で二槍に炎が燻ってるの。
いい顔で何言ってるの。
そっちは独眼竜がいる座敷だよ。
何する気…!!!
「行くぞ佐助。」
「ちょっと旦那…!?」
「政宗殿ぉぉぉぉぉぉ!!!」
この真田幸村。
貴殿に一つ申し上げたい事がござりますれば、この戸を開けさせて頂く所存!
失礼仕る!!
「旦那ァァァァ!?」
ちょっと!
ちょっと旦那!!
さっきまで何だかいい感じだったじゃない。
立派な事言ってたじゃない。
どうして突然猛進すんのあんたはァァァァ!!
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旦那は今回とても空気を読みました。
しばらく幸村さんのターンです。
シリアスと見せかけてすみません。
結局キネマなんですしょうがないんですすみません。
前半はかすがちゃんと謙信様。
地の文を入れなかったのでささやかな一コマとして流して読んで下さると幸いです。
場面転換のつもりで入れただけで特にフラグではないのですよ…!(おろろん!)
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