目の前の子供は名を真樹緒というらしい。
俺をここまで運び、手当てをし、寒いからと隣に潜り込んだという。
黙ってしまった俺を不思議そうに首を傾げている様子は幼く、怪しい素振りも無い。
変わっているといえば真樹緒が着ている着物だが、そんなもの俺の腹を手当てした妙な包帯といい関西から来たと言っているところといい、探せばいくらでもある。
お前は一体何者だと尋ねれば、きょとんとした顔で名前と家族、好きな食い物まで嬉々として答えた。


俺を、疑いもせず。


「真樹緒。」
「うん?」
「関西からどうやってこんな所まで来た。」
「ぬ?やぁ、それがね。」


ふわふわとした髪から覗く眉が気の毒な程へなりと曲がった。
正座をしていた足を崩しもそもそ動いたと思えば膝を曲げ、背中を丸め元々華奢な体が随分と小さくなってしまう。
おい真樹緒と腰を上げた途端少し涙目の顔が上を向いた。


「あんな、聞いてや片倉さん…!」
「あ…?」
「今日ひまちゃんと学校行く途中にな、ちょっと俺忘れもんしてもうて。」


それでね。
走って帰ってたら行きしなにある団地の横に桜が咲いてたん。
この桜がまた空気読めてない感じの桜でね、やたらでっかいんよ。
やあほんっまもう俺と片倉さんが両手広げても囲めやんぐらい幹がぶっといんねんで。
そんな桜珍しいやん?
やからちょっと触ってみよかなぁって思て触ったらな、すごい風が吹いて。
俺が吹き飛ばされるぐらいの風が吹いて、気が付いたらちょう寒い森の中に倒れてたん!
途中で森の熊さんに追いかけられるし死ぬかと思ったんやで!


その後も大変でやあ。
俺、崖から落ちたん。
ものすごい崖から落ちたん。
生きてたけど。
俺ぶじに生きてたけどそう言う問題とちがうと思うん。
あの時俺、生まれたての小鹿の気持ちが分かったわー。
大変なんやなぁ小鹿って。

でもああやって人生の第一歩を踏み出して行くんやねえ。
ちょっと感動したん。


「真樹緒。」
「う?」
「話が逸れている。」
「ああ!」


ごめんねそうやねそれてもうたね。
ええーっと何やっけ。
そうやそうや。
崖から落ちてからも結構歩き回っとって、うろうろしてたら矢ばっかり刺さってる道で片倉さん見つけたんよ。


「…」
「真樹緒?」


なぁ何で道に矢とか刺さってたん。
何で片倉さんそんな怪我してたん
ここ日本違うのん?


「なぁ…片倉さん…」


俺、どこに来てしまったんやろう。


「真樹緒…」


不安そうに見上げてくる栗色の目には涙が浮かんでいる。
元気よく話し出したくせにその声は、弱々しく切なそうに。
気の毒な程小さくなってしまった。


「真樹緒。」
「…なん、」
「お前は迷子だ。」
「…まよいご…?」
「色々走り回っちまってちいと行き先が見えなくなっただけだお前は。」


ぽんぽんと真樹緒の頭を叩いてため息を吐いた。
なぜか緩んでしまった口元はそのままに、ふわふわとした髪を混ぜる。
真樹緒の身なりといい、言動といい、この戦国の世に生きているもののそれでは無い。
自分の腹に貼られた何かはおよそ薬や包帯などには見えないのに血を止めた。
焚き火の向こうに転がる包みは見たことも無い構造で。


「真樹緒。」
「ぅい。」
「安心しろ。」


大きな迷子だ。
どこか己の知りえない程途方も無い遠くからやってきた。
こちら側の事を何も知らない赤子のような。


「放り出しやしねぇ。」


放り出せるものか。
こんな無防備でたよりない子供を。
人を疑う事も出来ない小さな子供を。


「ぐす、…」


「何泣いてんだ。」
「やって、俺片倉さんとは違う人間かも知れへんよ?」


着てる服も違うし、しゃべり方も違う。
ここの事かって俺何にも分からへん。


「それがどうした。」


いつの間にか真樹緒の手は俺の上着を掴んでいる。
震えながら、すがる様に。
涙をほろほろと零しぎゅうと力一杯握り締めてくるそれに、絆されねぇ野郎がいたらお目にかかりたい。


俺が変なん、とまた俯く真樹緒の顎を取り無理やりにこちらを向かせた。


「それは俺の方だろう。」
「かたくらさん…?」


腹に傷を作ったおよそ堅気には見えない風貌の自分をよく拾ったものだ。
こちらに馴染めぬお前を混乱させただろうに。
あのまま放置されていれば明らかに致命傷だった。
一日を待たず命を落としていただろう。


それをお前は。


「真樹緒。」
「…片倉さん?」


ぱちぱちと瞬きをする真樹緒の目から涙がほろりと弾けた。
こぼれるそれを受け止め笑う。


「お前には恩がある。」
「…おん?」
「俺が傍にいる。」


安心しろ。


背中を撫で、頭を撫で、どこもかしこも小さい体をやんわりと抱いた。
何も怖がる事は無いと抱いた。

強張っていた真樹緒の体が解れていく。
顔を覗き込めば未だ不安げな真樹緒の目とかち合って。
もう一度「傍にいる」と一言。
真樹緒の肩が震え、細い指が震え、極め付けには声まで震えて。


「は、い…」


けれどはっきりと聞こえた返事に。
涙でぼろぼろの真樹緒に。
苦笑いながら俺は腕の中の温もりを抱きしめた。

  

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