梵と小十郎が今川へ出立する日、真樹緒はぐずる事もなくその見送りは穏やかなものだった。

「気をつけてね」
「はやく帰って来てね」
「無理したらあかんよ」
「たまには俺の事思い出したりしてな」

俺も政宗様とこじゅさんの事いっつも考えてるから!
そんな、甘い甘い言葉で梵と小十郎の頬を緩ませて、今までにない遠征の始まりはまるでどこかに旅行へでも行くのかという雰囲気だ。


「道中気をつけて。」
「ああ、留守を頼む。」


俺に片手を上げて梵が笑う。
すっかり板についた真樹緒用の顔で。

全く、何て顔してるの梵。
これから戦場に向かうっていうのに。
肩をすくめてみせても梵の顔は崩れない。
真樹緒の頭を撫でて、小さくきすを落として、梵と小十郎は奥州を発った。


「いってらっしゃい!!」


その背中が見えなくなるまでずっと手を振っていた真樹緒は最後まで笑顔で、俺の首を傾げさせたけれど(だって、もっと駄々をこねると思ったんだよ)その後はいつも通り。
厨の手伝いに床掃除、忙しなく動き回ってたまに俺の名前を呼んでくれる。


けれどあの日。
遠征の前日、真樹緒は梵と小十郎から離れなかった。
手を繋ぎ、肩を寄せて一日中。
梵が動けばその後に続き、小十郎を呼んで三人で。

真樹緒なりに、思うところがあったんだろう。
見慣れたそれはいつもと同じなんだけれどやはりどこか違って、何だか胸が詰まってしまったのは秘密だ。


「おシゲちゃーん。」
「んー?」


あれから三日、梵はそろそろ今川に着き陣営を張っているはずだ。
相手はあの明智光秀、少しだって気を抜けやしない。

ねぇ、梵。
真樹緒が待ってるんだから無茶なんてしないでよ。
真樹緒から貰ったまる秘めもをお守りだと言って大事そうに懐へしまっていたけれど、そのめもがあるにもかかわらず真正面から乗り込んでいく性質なのは知ってるよ。
くれぐれも、くれぐれも、大事無いように。
願ってやまない。


「なぁ、なぁ、おシゲちゃーん。」
「はいはい、聞こえてるよー。」


奥州は至って平和だ。
以前の様に真樹緒が無茶をしでかす事無く平和に毎日が過ぎて行く。

今日だって真樹緒は小十郎の畑で草引きをしていたし、風魔と二人庭で走り回っていた。
お腹が空いたと厨にやってきて女中によもぎ餅を貰い、城の屋根でやっぱり風魔と二人でそれを食べていた。
俺はというと梵が留守にしている間、届いた書状やらこれからの政務やらの整理に追われていて。
背中からかかった真樹緒の声に少しおざなりに答えたんだ。
特に振り返る事も無く書類に目を通しながら。

普段の真樹緒ならそんな態度でもお構いなしに俺の背中に飛び込んで来てくれる。
おシゲちゃーん、なんて甘ったれた声で俺を呼びながら。
それがおねだりやお願いなら尚更。


そう、普段なら。


けれどこの時俺は自分の目の前に積まれた仕事の山との戦いにそんな事を考える余裕も無くて。


「こーちゃんとちょっと遊びに行ってくるー。」
「はいはい、気をつけてねー。」


どこ行くのか知らないけど夕餉までには帰ってくるんだよ。
風魔と離れないようにしなさいねー。


「ういうい。」


ではでは行ってきますー。
ちょっとお出かけしてきますー。

やっぱり目は書類のまま、おざなりに返事をして。
頭では今日届くはずの貢物の目録を作り、手は筆をひたすら動かし、真樹緒への配慮を疎かにしていた俺は本当に馬鹿だったと思う。
あの時もう少し慎重に真樹緒の事を見ていれば。


「ちなみにどこ行くの?」
「ぬ?ちょっと甲斐までー。


じゃぁねー。
ほんなら行ってきますー。
あ、お土産に厨のよもぎ餅残ってたんもらったでー。
でもちゃんとおシゲちゃんの分は残ってるから安心してな。
ほんならばいばーい!


「へー、甲斐ね――って…」


見ていればこんな事にはならなかったのに。


え、ちょっと真樹緒!?


大事な書類に大きく墨を落とし、頭の中の目録をすっ飛ばし、真っ白になりながら思いきり振り返った先に真樹緒はいなかった。
しんと静まり返ったそこには誰の姿も無い。


「…真樹緒…?」


ちょっと、もう、本当、
何なの。
どういうつもりなの。
忍を移動手段に使うんじゃないよ。
何勝手な事してんのもう。

俺との約束はどうなったの。
何、とりあえず行き先言ってるから大丈夫とかそんな考えおシゲちゃんが許すとでも思ってるの。
甲斐ってあれじゃない、今川のお隣さんじゃない。
間違い無く梵が陣営張ってる近くだね嫌な予感がするんだけど。
ていうか嫌な予感しかしないんだけど。


何するつもりか知らないけれど今度という今度はお母さん許さないよ。


わなわなと震えた手は書類を握り潰していた。
睨んでもそこには真樹緒どころか気配すら感じる事は出来ない。
何だか楽しそうだった声はまだ耳に残っている。
だからこそ口惜しくてしょうがない。


もう、もう、本当に…


あんの…馬鹿!!!


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始まりました。
今川遠征編。
おシゲちゃんは今回最後の方で本気でキレる予定ですが、今はまだ前回のデジャヴ(笑)
お母さんは今日も大変です。



  

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