「もぐもぐ。」


もぐもぐ。
もぐもぐ。


「……、」
もぐもぐ。


皿の上の小さな菓子をつまんでは口の中へ放り込むという行為を繰り返し、始終満面笑顔のまま真樹緒は何時ものように「ぬー」と呟きながら俺の前でだらしなく顔を緩ませている。


「ぬ?こじゅさん食べへんの?」
「…いや、」


今川遠征における膨大な資料をまとめ、政宗様に目を通して頂く物を選っていた時だった。
ぱたぱたと真樹緒の足音が聞こえてきたのは。

「こじゅさーん」と己の名を舌ったらずに呼びながら(何故か真樹緒に名を呼ばれるといつも思わず口元が緩んでしまうのが困りものだ)真樹緒の足音が近づいてくる。
扉は開いているからすぐに顔を覗かせるだろう。
口元は緩んだまま振り返ってみれば然り。
こちらが気付いているとは考えもしなかった様子の真樹緒が目をぱちくりと見開きながら俺を見ていた。

喉を鳴らして入らねえのかと両手を開けば、一時驚いた顔をしてすぐに腕の中に飛び込んで来る。


「うまいか。」
「ぬん!」


ぼうろって食べ出したら止まらなくなるよねー。
夢中で食べちゃうよねー。


呟きながらそれでも手を止めない真樹緒に笑い、女中が持ってきた茶を傾ける。

懐に飛び込んで来て。
休息を取れという真樹緒の言葉に首を振ることが出来ず、休んでいる暇など無いというのにこうやって真樹緒と並び菓子を手に取っている己はいつからこんなにこの子供に甘くなってしまったのか。
主に、余り甘やかし過ぎますなと進言したのは記憶に新しい。


だがこれでは。
己がこの様な有り様では。


小さく息を吐き、目の前にいる真樹緒を見る。
頬にぼうろの食べかすをつけ「やめられないーとまらないー」と独り言を呟いているこの子供がどうやっても愛しく、胸の底を温める。
真樹緒と共に流れる時はひどく心地よく穏やかで、気を抜いていると容易く飲み込まれてしまう。

政務や雑務が片付いていれば恥ずかしくもそのまま身を委ねてしまうのだが、この頃の様に連日机に向かわなければならない時などは苦渋の思いだ。
それでもこうやって面と向かって甘えられてしまえばそんな思いなど脆くも崩れ去り、面目次第も無い。


「うまうま。」
「旨そうに食うな。」
「おいしいもん!」


く、と漏れた笑みを堪えて小さな頭を撫でる。


真樹緒と共に過ごす時に流されているのはどうやら己だけでは無いらしい。
城のどこにいても真樹緒の話を聞かない日は無く、厨で、厩で、畑で主の自室で。
あの小さな体でちょこまかと、城を走り回っては誰かしらの頬を緩ませている。

いつの間に馴染んでしまったのか。
いつの間に受け入れられてしまったのか。

ああ、あの子供は愛されている、慈しまれているとしみじみ思った己はもうすでに真樹緒の手の内で。


「こじゅさん、こじゅさん。」
「あ?」


ぼうろ食べへんの?
減ってへんよ?
おいしいで?


自分の分の皿をすっかり空にして、それでもまだ真樹緒は物欲しげにちらちらと俺を見る。
何だ食いてえのかとは聞かず、ぼうろを手に取ればすい、と大きな目が追いかけてくる始末だ。


「夕餉が食えなくなるぞ。」


成実に何て言い訳する気だ。


「でもー。」


あとちょっとだけやったら大丈夫やもん。
晩ごはんもちゃんと食べるもん。
やからちょびっと分けて?


そんな甘ったれたせがみを叶えてやるのに大きな喜びを感じてしまう程には愛しく、大事にしたいと主にさえ恐れ多い事を考えている。


「…くく、」


全くざまぁ無い。
満足そうに口を動かす真樹緒を見て、漏れるのは笑みと嘆息、そしてどうしようもない愛しさ。
今は政務に追われている主も日頃感じているのだろうか。


「……」


この日頃、政宗様はよく笑われる様になった。
時に喉を鳴らすように、時に大きく声を上げられて。
ほんの先般では考えられなかった事だ。

幼少の頃よりその竜の目で天下を見据え、往年を振り返る事無く真っ直ぐに進んで来られたかの方は常に国を背負い民を背負っている。
気の安らかになる事などあられなかっただろう。

己は、主の背を守る事が出来る。
そう自負している。

だが刀を振るい、また一歩天下という目途へと進んだその後、静かに高ぶる主を包み込み慰撫するのは己ではない。
恐れず怯まず、何物にも代えがたい笑みを見せるのは己の役目ではない。


ぼうろを手に持ち、転がして。
聞こえないほどのため息を一つ。


よりどころとなり、鞘となり、いつも笑いながら側に寄り添うのは。


「真樹緒。」
「はい?」
「少しだけだぞ。」
「!!」


己が思って止まないこの小さな子供で。
人目も憚らず可愛がっている子供で。

大きな大きな大事の存在に、迫る戦の前に不謹慎にも幸せなどというものを人知れず噛み締めているのだ。


「こじゅさんあーん!口に入れて!」
「そら。」
「ぬーん…程よく甘くて美味ー。」


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こじゅさんと!
こじゅさんが思うキネマ主。
奥州のお父さんは厳しくも優しく、ちゃんとキネマ主を愛して下さっています(笑)

名探偵真樹緒までいかず本当にすみません(汗)
ぼうろを食べてるだけになってしまいました…!

  

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