お久しぶりの学生カバンから筆箱を探し出して準備は万端。
隣に座っている女の子から貰ったシャーペンはもこもこなピンクのウサギな形してて、ちょうファンシーなんやけど使いやすくてとっても気に入っています。
真樹緒ですこんにちは!
「まずは鬼さんー。」
やぁ、何かな。
政宗様がもうすぐ今川さんのとこに行ってしまうんやって。
今川さんとこで明智の光秀さんと戦をするんやって。
やけど明智の光秀さんってちょっと怖い人らしいんよ。
死神さんとか言われてるねんで。
でも政宗様もあんまり詳しくは知らんのやって。
明智の光秀さんのこと。
それってやっぱり心配やん?
戦うんやし。
ほらいくら政宗様が刀六本持てるってゆうても。
ばりばり雷出せるってゆうても!
やから俺が調べてみようと思って。
聞き込みしてみようと思って。
シャーペンとおシゲちゃんがくれた紙持ってお城で明智の光秀さん調査なのです!
まずは鬼さんなん。
お昼前の鬼さんはよう厩の所におるから、さっそく厩に向かいましょー。
「れっつごー。」
厩にはな、いっぱいお馬がおるねんで。
こじゅさんのお馬も政宗様のお馬も、もちろんおシゲちゃんや鬼さんのお馬もね。
俺、あそこの匂い大好きやねん。
飼い葉の匂いとお馬の匂いに包まれるとほっとするってゆうかー。
落ち着くん。
「おーにさーん。」
お馬の声聞こえてきた厩に向かって叫ぶ。
表には兵士の兄やんらがお仕事してて、俺が走っていったら「真樹緒じゃねぇか」って手を止めてくれた。
兄やん兄やんこんにちはー!
ちょっとお邪魔しますー!
鬼さんいますかー!
桶洗ってた兄やんに頭撫でられて頭はびしょびしょ、飼い葉運んでた兄やんに飼い葉ごとだっこされて俺は飼い葉だらけ。
「筆頭ならここにいねぇぞ?」
「小十郎様もさっき城に行かれたぜ?」
「違うん、今日は鬼さん探してるん。」
もうやめてぇや、ってけらけら笑ってたら厩の戸ががたがた鳴って。
「私に何かご用でしょうか。」
「鬼さん!」
ひょっこり鬼さんが!
頭にほっかむりをした鬼さんが!
おお…
男前はほっかむりしてても男前…!
こじゅさんに負けず劣らずのほっかむりすがたー。
「楽しげな声が聞こえてきたもので。」
「ちょっと兄やんらと戯れてたん。」
ほっかむりにうでまくりで現れた鬼さんは手拭いで汗ふきながら笑ってて、「殿はこちらにはおりませんよ」って兄やんらと同じこと言うん。
あれやぁ、鬼さんまで。
俺そんなに政宗様とおるイメージかしらー。
そんなことは無いと思うんやけどー。
「おめーはいつも筆頭にくっついてんだろ。」
「う?」
「いや、ありゃー筆頭が真樹緒にくっついてんだろ。」
「ぬ?」
やー、兄やんらそんなしみじみ頷かんとってー。
そりゃ夜は一緒のお布団で寝てるしお昼かって時間あったら政宗様のお部屋におるけど。
政宗様大好きやけどー。
たまにはおシゲちゃんと一緒にご本読んだりもするし、こじゅさんと字の勉強したりするし。
今日はおらんけど(おシゲちゃんと何やお稽古あるねんて)こーちゃんとおやつ食べたりもするねんで。
鬼さんもたまにお馬のお世話手伝わせてくれるしねー。
今日はお手伝い違うくてごめんなさいなんやけど!
ぬ?
一人の時間無いって?
言われてみればそうなんやけどー、一人よりみんなとおる方が楽しいからもんだいなし!
本当に気が付いたらお前城をちょろちょろしてるよな、って見下ろしてくる兄やんらは置いといてこっからが本題なん。
「あのね、鬼さん。」
「はい。」
何でしょう。
前と後ろの兄やんらからもぞっと抜け出て鬼さんの前で起立!
はいはい兄やんちょっとごめんね。
また後でかまってね。
「鬼庭様を困らせるんじゃねぇぞ。」
「分かってるもん!」
シャーペンと紙を持って今の気分は名探偵真樹緒なん。
ほら事件はまず聞き込みやから!
聞き込みの準備は万端ですよ!
明智の光秀さんは特に事件ちがうけど、そこはつっこまないでくれると嬉しいわ!
「明智の光秀さんの事を教えてほしいん。」
「は、?」
明智光秀、ですか?
首を傾げてもうた鬼さんにずずいっと詰め寄って「知ってる事ある?」って聞いてみた。
ほら、年齢とかー、武器とかー、弱点とか!
メモって政宗様に伝えようと思って。
政宗様も明智の光秀さんの事よう分からんらしいん。
それって心配やろう?
「それはそれは。」
殿もお喜びになられるでしょう。
にっこり笑って鬼さんは俺の頭を撫でて。
それから私に分かる事なら、ってしゃがんでくれた。
ぬふふ。
鬼さんに聞き込み。
名探偵真樹緒君の出番です!
「明智の光秀さんってどんな武器使うん?」
「そうですね…」
私が聞いたところによりますと、かの男は大鎌を己の得物として使用するそうです。
「かま…」
「はい。」
守備の範囲は広く見えますが、大鎌ともなれば懐に入る事で容易く一撃を入れる事も可能でしょう。
例え止められたとしても近距離に持ち込めば大物は其れほど恐れるものではありません。
構える隙も与えず小手を狙ってやりましょう。
そこで動きを封じますれば勝機も見えてくるはず。
ですが明智光秀と言えば天下布武を唱える織田一党の重臣。
一筋縄では行かぬは必至にございましょうが。
「………ぬ?」
……
………
鬼さんがやぁ、
明智の光秀さんの武器について鬼さんが詳しく教えてくれたんやけど。
優しく教えてくれたんやけど。
………
…………
何か俺、武器がカマって事しか分かってません…!
その後の守備とかのお話がよく分かっていません…!
どないしよう。
どないしよう。
やって鬼さんの言い方が難しくって。
ゆっきー並に難しくて聞き取れやんかってんもん…!
「ぬん…」
名探偵真樹緒早くも山にぶつかりました…!
でもちゃんと「武器はカマ」ってメモったで!
「次はおシゲちゃんとこーちゃん!」
鬼さんとこで一つ目の明智の光秀さん情報「武器はカマ」をゲットして、ついでにさっきやってきたってゆうお寺の和尚さんがくれた干し柿も貰ったりしてやる気は満々。
次のターゲットはおシゲちゃんとこーちゃんです!
ぬー。
でも干し柿。
美味しいよね干し柿。
わら紐で縛ってあってな、甘い匂いするん。
粉もいいぐあいに吹いとって食べ頃やでー。
六つづつ結んであるんを三束も貰ったんやで。
鬼さんありがとー。
お寺の和尚さんありがとー。
甘い匂いが歩く度にぷわんってお鼻にやってきて、思わず顔が緩んでしまうよ。
「いいにおいー。」
甘い匂いってお腹くすぐるよね。
ずっと嗅いでたらお腹きゅるってなるよね。
さっき朝ごはん食べたばっかりでも!
ほら甘いもんは別腹ってゆうし!
女の子の常識よね!
俺男の子やけど!
やからやぁ、
………
…………
ちょっとぐらいやったら食べてもええと思わん?
「やぁ、そんな一杯食べへんよ?」
一個だけやで一個だけ。
わら紐をちょいっとほどいて干し柿を一個外して。
おおぶりな干し柿は俺の手のひら一杯の大きさ。
これを丸かぶりしたら絶対幸せになれる気いする俺。
ほっぺた絶対落ちてまう気がする俺。
干し柿を鼻に近づけてくんくん。
どこまでも甘い匂いを漂わせてる魅力的な干し柿は俺をこれでもかって誘惑します。
「ぬー…」
ええよね。
一個くらいやったらええよね。
辺りをきょろっと見回してみても誰もおらんし、三歩歩いてしゅばっと後ろを振り返ってみても誰もおらんし。
お空をちらっと見上げても誰もおらんし。
………
…………よし。
大丈夫。
今このお庭には俺しかいてへんから大丈夫!
ではでは遠慮なくー。
「いただきますー。」
はい、いただきますー。
丸かぶりでいただきますー。
お口を大きく開けてがぶり。
柔らかい干し柿はかぶりついた瞬間にとろっと蕩けて俺のほっぺたはやっぱり落ちそうです!
「あまあまー。」
幸せー。
俺ちょう幸せー。
ではではさっきは大きめにかぶりついちゃったから次はちょっと控えめにー。
ほら、この幸せがすぐに無くなってしまうん勿体無いやん。
じっくり味わいたいやん。
やから口をさっきよりも小さく開けてふた口めを楽しもうと思ったんやけどやあ。
「あー!真樹緒!」
「ひう!?」
誰もおらんはずのお庭から声が。
俺の体がびくって飛び上がるくらいの声が。
しかもこの声知ってる上にちょっと怒ってるん…!
「歩きながら物食べたら駄目っていつも言ってるでしょ!」
「っおシゲちゃん…!」
そうです奥州のお母さんおシゲちゃんです…!
見られてた。
おシゲちゃんに見られてた。
誰もおらんと思ってたお庭は実は道場のすぐ近くで、窓からばっちりおシゲちゃんに見られてました…!
「行儀が悪いよ!」
「うぃっ!」
ぬう。
おシゲちゃんやっぱり奥州のお母さんやから、そういうマナーには厳しくってー。
いつもは俺かってちゃんとお約束は守るんやけど、ほら今は干し柿に夢中やったから。
干し柿食べる事しか考えてなかったから。
ふた口目の干し柿を口に入れようとした格好のまんまおシゲちゃんと目があった俺は、そおっとその場に正座しての残りの干し柿を食べました!
やっておシゲちゃん怖いんやもん!
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