奥州の夜は、まだまだ冷える。


暦の上では春と言っても城から一歩外に出ればまだ残雪が山を覆い、一面は白銀の世界だ。
喜んでいるのは真樹緒ばかりで、風魔と二人何が楽しいのか毎日城の庭を走り回っている。
身体中を雪だらけにし、風邪をひくと成実に追われながら。


「子供はかぜの子やねんで!」
何それうまい事言ってると思ったら大間違いだよ!


結局は捕まって、即湯に連行されて行くのだが。
その後ほかほかとやたら良い匂いをさせて、さっきまでの喧騒が嘘の様に成実になついて菓子を頬張っている様は最近の俺の眼福になっている。


「おシゲちゃーん。」
「んー?」
「わらび餅おいしいんー。」
「はいはい、一杯食べな。」


あ、喉に詰まらせない様にゆっくり食べるんだよ。
ぬん!


……
………


いつも通りcuteで結構だ。


「政宗様?」


思い返し喉を鳴らせば隣に寝転んでいた真樹緒が首を傾げる。
お手紙読んでくれるんちがうん?
目を瞬かせる真樹緒の露になった額を指の腹で撫で、ああそうだったなと上杉謙信からの書状を広げた。


行灯の灯りだけがともる部屋はほの暗く、火鉢に炊いた炭のくすぶる音だけが響く。
真樹緒と二人床に就いてすぐ小十郎が用意したものだ。
暫くの間、真樹緒は珍しげにそれを眺めていたが、くぁと一つ欠伸をした後すぐ俺の懐に戻ってきた。

体が温まって眠気が襲ってきたんだろう。
目元を擦り、重そうな目蓋は今にも閉じてしまいそうで思わず口元が緩む。
そのまま寝かせてやっても良かったが、この夜長、もう少し相手をしろと上杉謙信からの書状で目を開かせた。

聞かせておきたい話もある。


「真樹緒。」
「ぬ?」
「明智光秀という男を知っているか。」


書状を覗き込み読み取ろうと眉を寄せている真樹緒に言う。

未だお前がどこから現れたかは分からないが、もしかしたらその名ぐらいは聞いたことがあるかもしれない。
魔王の手先で、残虐非道の死神だと言う。
良い噂なんざ探したって出てきやしねぇ男だ。
ここに書いてあるだろうと指を伸ばした。

小さな指がすぐに後を追ってきたのを捕まえてやれば、「離してぇや」とその指が暴れ他愛ないそんな事に幸せを噛み締める。


「あけちみつひで?」
「織田の重臣だ。」


もっとも、腹の底に何を抱えているか分かったもんじゃねぇが。
魔王の命で多方面に動いてはいる様だが、忠誠などという言葉はあの男に似合わない。
胡散臭い野郎だ。


「ぬー、織田信長さんのー家来さん。」


って事しか分からへん。
ほんで本能寺で織田さんやっつけたんやっけ?
歴史の授業はいっつも資料集落書きタイムやったから、よう覚えてへんけど!

指を繋いだままごろんと仰向けになった真樹緒に目を瞬いた。


「知っていたのか。」


本能寺云々は初耳だが。
同じように寝転べば「ジョーシキやで政宗様!」と笑われてしまった。

謀反。
確かにあの男の企てそうな事だ。
ただ、あの魔王が簡単に足元を掬われるとは思わないが。


「やぁ、でも政宗様のゆうてる明智光秀さんとは違うかもしらんで。」


ほら、俺んとこの明智光秀さんはもう日本史の教科書に載ってる人やから。
こっちの明智光秀さんはどんな人。

笑いながら真樹緒は腹に引っ付いてくる。
繋いだ指は離さず、さぁ明智光秀の何から話してやろうとその温かい体を抱きこんだ。


「どんな顔してるん?」
「そうだなぁ…」


髪は長く銀色で、肌は病的なまでに白いという。
眼光は鋭く、ねとりと狙った獲物に絡み付いて死神の名に違わず手前の獲物で首を狩るそうだ。
俺も耳にしただけで真相は分からねぇが、あの魔王の下で動いてるっつーだけで頭の方は相当狂った野郎だろうよ。


「何か怖い人やねぇ。」


死神さん。
でも銀髪は見たいかも!
政宗様の黒髪ストレートも好きやけど、俺銀髪って見たことないから!
ほら、さっちゃんはオレンジでゆっきーは茶色いやん?


「そうか?」
「政宗様は見たない?」


珍しいやん銀髪!

言いながら胸に頭を擦り付けてくる真樹緒の頭を撫でる。
湯の匂いがふわりと鼻を擽った。
包まれれば優しく眠りに誘われる。
澱んでいたものが洗われる様に体が軽くなる。
ごそごそと腕の中で動く体温はそんな体を温めて、俺の隅々まで満たしてしまう。


「真樹緒。」
「はい?」
「…何でもねぇ。」
「ぬぅ、どないしたんー。」


真樹緒と、その名を小さく呼ぶだけでもう。


「やぁ、でも政宗様、」
「どうした。」
「その明智さんがどうかしたん?」


軍神さんのお手紙にあったみたいやけど。
おやかた様の時みたいに同盟組むん?
でも怖い人やったらちょっと難しいんちがう?

見上げてくる真樹緒の眉が可愛らしく寄っている。
俺の他に誰がいるはずもないのにひそひそと小声で。
神妙な顔つきに思わず笑みが漏れた。


ああ、そろそろ本題へと入らなければならない。
けれど。
複雑な心持ちのまま真樹緒を抱く腕に力を込めた。

出来ることならずっと、この温かなものに包まれていたかったのだが。


「政宗様?」
「真樹緒、」
「?ぬ?」
「聞かせておきたい事がある。」
「?はい、」


上杉謙信からの書状は魔王の動向を知らせるものだった。
明智光秀が旧今川領で兵を集めている、と。
その本意は分からない。
徳川か本願寺か、それとも。
東国が結束を強めている事は魔王の耳にも入っているだろう。
西を固めてくるのか東国に干渉してくるのか。


どちらにしろ。


「春が来る前に俺は今川に発つ。」
「今川…?」


後手に回るのは性分じゃねぇ。
迎え撃つのも柄じゃねぇ。
魔王や死神が何を企んでいるのかは知らないが、事を起こす前に進軍しそのケツを叩いてやる。


「今川ってどこ?」


首を傾げる真樹緒が愛おしい。
どんなに強く抱き締めても足りない程に。
手放したくはない。
一時でさえも。


「Ha…」


ゆっくりと息を吸って吐いた。
真樹緒の肩に顔をうずめ、落ち着けと己を戒める。
不安など何もない。
あるはずはない。
俺は独眼竜伊達政宗。
目指すその先を突き進むだけだ。


「甲斐の隣にある、小さな国だ。」


今は織田の手に落ち荒廃しているという。


「おやかた様のおるとこの隣?」
「ああ。」


そこで戦をする事になるだろう。
魔王の足を挫くために。
果てにある天下統一、それを実現するために。
己の信念を貫くために。


「いくさ…」
「怖がらせたか。」


sorry sweet
戦と聞いて体を揺らした真樹緒を抱き込みその背を撫でる。
ぎゅうと力強く握られた背中は少し痛かった。
何て甘い痛みだと唇を噛み締めて目の前の額に口付ける。


誤魔化した訳じゃねぇ。
戦など何時もの事だと安心させる為に。


「う!?」


額へ頬へ鼻へ目蓋へ。


「あ、う、わ、」


顔中余すこと無く唇を落とし、何も心配する事は無いと繰り返した。
真っ赤になった頬を両手に包み、少しでも真樹緒の不安が消えるように笑みさえ湛えながら。
じたばたと暴れるささやかな抵抗は甘んじて受け止めてそして最後に。


「…ちゅうのお話違うかったやん…」
「Ah?そうだったか?」
「もー!」


最後に小さなその唇にも。


「んっ…!」


わずか触れて笑えば「もう!」と赤く色づいたそれを尖らせ可愛らしく咎められた。
構わず素知らぬ顔でいると小さな頭がぷいと胸に摺りつけられてしまう。


どうした。
どうしたsweet
怒らせてしまったか。


「…政宗さま、」
「どうした。」
「気をつけて行ってね。」


政宗様は強いん知ってるけど、やっぱり心配なん。
気つけて行って、ほんですぐ帰って来てね。


「…I see、」


ああ、やはり。
どうあってもお前は俺を。

何かを告げようにも言葉が出てこない。
どうしたらいい真樹緒。
お前が愛しくてどうにかなってしまいそうだ。


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政宗様視点は何かとこゆくなります。
キネマ主の事が好きでしょうがない人になってしまった(汗)

また離ればなれになりそうですが、いやはやキネマ主ですので。
持ち前の行動力で頑張ります(笑)


  

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