「なるほど、」


どくがんりゅうからのしょじょう、たしかにうけとりました。
手に持った書を満足げに眺めながら上杉謙信は首を上げた。


「…」


伊達政宗からの命でやって来た越後は近頃戦も無く落ち着いたものだ。
近く武田信玄との一戦を控えていたはずだが、織田の動きが著しいため時期を改めたのだろう。

森も山も静かで穏やかで申し分無い。
川中島の河川も緩やかにせせらいでいた。
主を連れて来ていれば楽しげにあの中に走ってゆきそうだ。
気をつけて下さいと己が止めるのも聞かず。


思わず口元が緩めば上杉謙信の背後に控えるくの一にいぶかしげに睨まれてしまう。
屋敷に入った頃から突き刺さる鋭い視線と解けぬ緊迫感。
どちらもあのくの一からだ。
どうという事は無いが、些か煩わしい。


「よきことです。」


相手はせずそのまま素知らぬ顔で「それではさっそくにへんじを」と聞こえた声に頷く。
筆を取り出している上杉謙信を見ながら、もう奥州に辿り着いている筈の小さな主の事を考えた。


最後まで例の三傑の事をどうしようどうしようと嘆いていたが、果たしてどうなったろう。
伊達成実の事だ、相手があの主だからと言って手加減などするはずはない。
一度くらいは泣かされてしまっただろうか。


……
………


心配はしていない。
独眼竜などは自業自得だと言いながら、けれど主を甘やかすのだろう。
伊達成実とて、叱りつけた後はきっと優しく主を抱き締め頭を撫でているに違いない。
ふにゃりと笑い、すり寄る主が目に浮かぶ様だ。
そして竜の右目については言わずもがなで。
あれは普段そんな素振りを見せたりしないが、随分主を甘やかし過ぎている。
何も心配は無い。


だったら何をそんなに拘っているのかと問われれば。
本来なら己もその場に立ち会っているはずで。


「……」


手を。
握って開く。

それをじっと見て沸き上がるのは僅かな物足りなさ。
そこにあるのはただの手甲に覆われた己の手であるのに。
何度同じことをしてもその物足りなさは埋まらない。


………
…………


(ちょいちょい)
「どうしましたしのび。」


上杉謙信が持つ書き付けを引っ張りまだかと顔を覗き込んだ。
奥州で主を待たせている。
離れている今、心休まる事が無い。


「貴様!謙信様に無礼だぞ!」
「そうせかさずとも、いまおえましたよ。」


すこしどくがんりゅうにつたえてほしいことがあるのです。
おねがいしますね。


「(こくり)」


上杉謙信から書き付けた書状を受け取り、かしましいくの一をそのままに立ち上がる。
己の任務は滞りなく終了した。
もうここに用は無い。


礼を一つ垂れて姿を消した。
目の前に広がるのは壮大な春日山。
目指すは奥州。
小さな主の元へ。


――――
――――――


「いってしまいましたか。」


忍が確かにいたそこは、少しの気配も残っていない。
謙信はそっと目蓋を閉じて息を漏らした。

とうごくけっそくというならば、どくがんりゅうのみみにいれておきたいことがあったのですが。
なにをせくことがあったのやら。

うっすらと笑みを浮かべ目を開く。


「かすが。」
「はい…!」


まだぎりぎりと風魔の去った方を睨み付けていたかすがの手を取り名を呼んで、謙信がその目を見つめた。


「いってくれますか、わたくしのうつくしいつるぎ。」


どくがんりゅうにまえだととくがわのどうこうを。
まおうのてがせまっています。
まんがいちということもあやもしれません。
ゆだんなきようにと。


逸らさずに謙信が言えばかすがの頬がうっすらと桃色に染まる。
震える唇からは小さく息が漏れた。


「このかすがが、必ず…!」


うっとりと蕩けた目がす、と忍の目に変わる。
慈しむ様に頬を撫でる謙信に力強く見つめ返し一時、瞬く間にかすがは姿を消した。


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こーちゃんのお使いです(笑)
小太郎さんは奥州でへっこんだキネマ主を皆と一緒に慰めたかったみたいですよ。
早く帰りたかったのです。
次回はかすがちゃんと。
キネマ主と一緒にコイバナしたらいいかと思います。

  

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