「なあなあ、鬼庭さん。」
「はい。」
「どうしたらええと思う?」


小さな体を少し捻って、真樹緒殿が私を見上げた。


殿の馬からいそいそと下り、真樹緒殿が「鬼庭さんと内緒のお話なん。」と言いながら私に向かって手を伸ばしたのはつい先程の事だ。
その手の意味が分からずじぃと眺めていれば「お馬にのせて」と己の手をぎゅうと握られてしまって。
何と柔らかく小さな手か、と目を瞬き同時にこれをどうしたらよいものかと狼狽えた。

思わず殿を振り返れば。


「綱元に取られちまったなァ。」
「思わぬ伏兵ですな。」


小十郎と共に楽しげに笑い、肩を竦められる始末で。
この現状がどうにかなる事も無く、今日初めて顔を合わせたというのに人懐こい真樹緒殿を己の前に乗せ、少し戸惑いつつ奥州への帰路を進んでいる。


もうすぐ城も見えるだろうところで真樹緒殿の声が聞こえて来た訳だ。


「どう、とは?」
「ぬー…おシゲちゃんの事ー。」


うんうんと唸っていたのは気が付いていたが、どうやらずっと成実殿の事を考えておられたらしい。
どうしようどうしようと眉を下げながら時折思い詰めた様にこちらを見上げる様はなるほど、噂に違わず可愛らしく思わず頬が緩んでしまう。


そして同時に、嬉々とした顔で城にいるだろう成実殿を思い改めてため息が出た。
全く罪深い方だと、もらしても仕様がない事を口の中で噛み締める。


「きっと、」
「う?」
「きっと大丈夫ですよ。」


成実殿はあなたの事が心配で心配で夜も床につかず。
どうしてあなたから目を離してしまったのだろうと、三傑に違わぬ顔で己を咎めているような方です。
あなたからの文が届きそれを読み、手を震わせ脱力し思わず顔を覆われる程あなたの事を思っている方です。

多少天の邪鬼な所はあれど、私はそう言うところもあの方の魅力かと思います。
肩を持つという訳ではないけれど。
口許を緩めながら答える。


「…ほんま?」


見上げてくる真樹緒殿のふわふわと揺れる髪が日の光にあたって眩しかった。
知らず伸びてしまった手は引っ込みがつかず、さらりとその髪を撫でてみる。
見開かれた大きな目はすぐに細まりまるで花が綻ぶ様な笑顔になった。


「ええ、きっと大丈夫です。」
「そっかー。」


鬼庭さんがそうゆうんやったら大丈夫な気してきた!

笑いながら背を預ける真樹緒殿は幾分体の力が抜けた様で、さっきの消沈ぶりとはうって変わり「後どのぐらいでお城につく?」などと私に尋ねられる。
それに後少しですよと答えながら手綱を引けば、奥州の町へ続く街道が見えて来た。


「なぁなぁ、鬼庭さん。」
「何でしょう。」
「俺な、やっぱり鬼庭さん知ってたで。」


はて。
己には覚えが無いのだが。


「城でお会いした事があったでしょうか。」
「ううん。」


へへへと笑ったまま見上げてくる真樹緒殿に首を傾げる。
露になった額が可愛らしい。
柔らかそうな産毛が揃う生え際に触れても良いだろうかと手を添わせてみれば「そおっとね」と、頭を差し出されてしまった。


いやはやこれは。
なるほど、これは。
思わず苦笑いが洩れる。

殿が寵愛されている訳が分かった気がした。


「前におシゲちゃんに名前だけ聞いた事あるん。」


ずうっと前に。
その時はおシゲちゃんが鬼庭さんに呼ばれてたみたいやったで。

ごろごろと手のひらに擦り寄ってくる真樹緒殿に言われて考えた。
それは恐らく北条平定間もない頃で、己が旧北条領へ赴く少し前の事だろう。


「名前が怖そうやねぇってゆうたん覚えてるん。」
「私の名ですか?」
「うん。」


ほら、鬼って入ってるから。
真樹緒殿が笑う。

でも会うてみたら全然怖い事無いねぇ。
頭撫でてくれるし、笑ってくれるし、優しいん。


「優しい鬼さんなん。」


素敵な鬼さんなん。

は、と目を見開いた。
胸にもたれてくる真樹緒殿はやはりけらけらと笑いながら鬼さん鬼さんと己を呼ぶ。


優しい鬼さん、やさ鬼さん。
素敵な鬼さん……すて鬼さん?
やぁちょっと語呂が悪いー。


「はは…」


甘い甘い匂いが漂ってくるのは気のせいだろうか。
腹の辺りがほかほかと温かくなるのは気のせいだろうか。

己の面が武張っているのは自覚している。
優しいなどと言われた事は物心ついた後、一度も無い。
道行く子供に目が合うだけで飛び上がられた事は数え切れない程。
けれど確かにそれが己だと思っている。


だが、


「はは…」
「鬼さん?」
「いえ、」


ぐ、と息が詰まり成実殿が言っていたのはこの事かと目から鱗が落ちた。

「あの子がどれ程自分達の心を捉えて離さないか」

確かに。
確かにあなたの言う通りですよ成実殿。
これでもかと言う程鷲掴まれてしまいました。
らしくもなく、声に出して笑ってしまいました。


「鬼さんですか。」
「ぬー、いや?」
「いいえ。」


いいえ。
いいえ。
そうではなく。

あぁ、どうしたらいいだろう。
顔が緩んで元に戻らない。


「随分、可愛らしくなってしまったと思いまして。」


これでも成実殿や小十郎と同じく三傑に名を連ねさせて頂いているのですが。
笑えば「じゃあお名前をもじってみようか?」と、「俺は可愛いのんがええと思うんやけど鬼さん」と。

折角の笑顔が消えてうんうんと考え込まれてしまうものだから。


「真樹緒殿がそう呼びたいのならお好きに。」
「やあ、ほんま!?」
「はい。」


どうにかして笑ったままでいて頂けないかとご機嫌でも取るように、その小さな体を包む手に力を込めた。
大事に大事にと力を込めた。


―――
――――


「Hey、小十郎。」
「いかがしました。」

綱元が落ちたぜ。
あの堅物がと申せばよいのか、やはりと申せばよいのか。


これは成実といい勝負になるんじゃねぇか?
そうでしょうか。


「Ah?」
「どちらかと言えば奴は政宗様と良い勝負をするかと思いますが。」


…Why?
あれは恐らくこれ以上と無い程真樹緒を甘やかす質で、貴方様と同じでしょう。


「何か反論がありますればどうぞ。」
Ha、ぐうの音も出ねぇぜ。


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鬼庭さんと仲良くなりました(笑)
鬼庭さんは政宗様と同じで、キネマ主が何か怒られるような事をしても笑って頭を撫でてくれる人です。
怒りません。
キネマ主の事を沢山甘やかしてくれるかと思います。
おシゲちゃんはお母さんなのでちゃんと叱ったりもします。
小十郎さんもお父さんなのでちゃんと叱ります。
政宗様は自分に頼ってもらったり甘えて貰いたいので溺愛です。
悪戯だって一緒にやっちゃう(笑)
鬼庭さんはキネマ主が何をしてても可愛いフィルターがかかるようになるので、特に悪戯にも注意しません。

「悪戯に引っ掛かる方が悪いのですよ。」

小十郎さんとかを悪戯に引っ掛けれたら多分逆に誉められる(笑)

鬼庭さんの呼び方は暫く鬼さんでゆきたいと思います。
綱元くんと呼ばせたかったのですが、きっかけがありませんでした…!

次はやっとおシゲちゃんに再会。
ぐりぐりされますぐりぐり(笑)

  

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