体が暖かかった。
湯の中に入っているような、柔らかい毛皮に包まれているような。
まるで全身の力を全て抜いてしまうような。
指先から足、頭に抜けるまでが心地よくだるい。
特に胸と腹がぽかぽかと。
己は確かに斬られたというのに。
そう、あの忍に―――
「…っ!!」
一気に頭が覚醒した。
俺は確かに斬られたじゃねぇか。
あの忍に。
同時に激痛が体に走る。
ぐう、と唸れば起こしたと思った体は未だ地面に横たわり、目だけがぼうとあわ暗い天井を見ていた。
「ここは…」
そして俺は一体。
息をつけば今までの事がざわざわと脳裏に蘇ってくる。
忍を逃がした事、一撃をくらった事、伊達の勝ち鬨が聞こえた事。
「っ政宗様!」
「ぬー…」
「っ!?」
今度こそ起き上がり戦で別れた主の名前を呼んだが、返事があるはずも無い。
その代わりにしんと広がった嫌な沈黙の後、主では無い者の声が。
敵かと辺りを見渡してみれば腰の辺りに小さな子供がへばりついていた。
そう、ちょうど自分が夢か現かの間にあったけぇなと思ったところに、だ。
「…あ?」
子供?
なぜ子供がこんなところに。
じっと子供を見て、それから辺りを見渡した。
どうやらここは洞窟のようである。
小さな洞窟はほのかに暖かい。
確かここ最近は底冷えのする日が続いたはずなのにと首を捻れば、近くに焚き火の跡が。
この子供が焚いたのだろうか。
そう言えば自分の体には手当てをした跡がある。
痛みはあるがもうそこから血が流れている様な気配は無かった。
「おいてめぇ…」
「むー…」
すやすやと眠る子供は俺の腹にぺたりとくっついたまま離れようとしない。
むずむずと唸り目を覚ましそうな気配はするが次には又穏やかな寝息を立ててしまう。
おい、と声をかけた。
起きろと肩を揺すった。
目を覚ませと頬に触れた。
なぜ俺はここにいる。
お前が運んだのか。
そして手当てまで。
「おい、起きろ。」
ここは一体どこだ。
伊達軍はどうなった。
政宗様は。
色々な事が頭を過ぎって今度は少し強く子供の肩を揺すった。
「むぅ…」
「起きてくれ。」
「んーぅぅ、」
むにゃむにゃと何やらぐずっていた子供の目が薄っすらと開く。
まだ眠たいのかふらふらしている小さな体を支え、お前は誰だと覗き込んだ。
「…あ…おきたん…?」
「あ、ああ…」
ぐりぐり俺の腹に顔を押し付ける子供は今にもまた目を閉じてしまいそうだ。
しばらく「むーむー」と繰り返しぎゅうと抱きついてくる。
落ち着いてしまったのかそこから動こうとしない。
何事だとひっくり返せば「さぶい」と怒られてしまった。
おいテメェ。
眠いだけか。
無理やりに顔を上げさせてみると「ほんま…そんなけが、どうしたんー…」そう言って子供の首はかくん、と崩れる。
「……お前がどうしたんだ大丈夫か。」
起きるか寝るかどっちかにしろ。
ぽんぽんと背中を叩くとまた首に絡み付いてきた。
そして小さく「寝る」と、呟いた子供はすぐに寝息を立てる。
腹は相変わらず温かい。
それを見てやれやれと息をついた。
そして自分の緊張が、気負っていたものが、解れている事に気づく。
まんまと毒気を、抜かれてしまった。
「…不思議な餓鬼だ。」
よくよく見ればおかしな身なりをしている。
話し方もこの辺りのものではなかった。
柔らかい訛りは幼さを引き立たせ、警戒心のかけらも抱かない。
むしろこの子供が大丈夫なのか。
見ず知らずの傷を負った素性の分からぬ男の懐に入って。
「…、」
髪を梳けば擦り寄ってくる。
子犬に懐かれた気分だ。
はぁと息を吐いて横になった。
悪くねぇなと思った自分がやるせない。
「もうすぐ夜明けか…」
伊達の勝ち鬨が聞こえたという事は政宗様の勝ち戦だ。
自分は不甲斐なかったものの勝利は主のもの。
生きておられるかの方は。
朝が来ればこの子供に事情を聞けばいい。
そうすれば。
「…よく寝る餓鬼だ…」
真樹緒に上着をかけ直して小十郎は目を瞑る。
周りへの警戒は怠ることは無い。
けれど腕の中の暖かさに思わず頬を緩め、小さな体を包み込んだ。
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