この人はたまに、いやよく、俺を困らせる。俺を困らせることを言う。困らせることばかり言う。でも、嫌じゃない。少しも嫌なんかじゃない。背中があたたかい。動きたくない。このまま溶けあって、消えてしまえたらいいのに。

「帰っちゃうの?」
「朝が来るからね」
「朝が来るから、帰っちゃうの?」
「そうだよ」
「じゃあ夜が来たから、私たちは寝たの?」
「……………」

分かりきったことを、訊いてこないで欲しい。本当に、困った人だ。この人とは約10年ぶりに再会した。ひょんなことがキッカケだった。仕事の取引先だった。久しぶりに交わした会話を、俺は鮮明に覚えている。

「…初めまして、『苗字さん』」
「ふふ、そうだね。初めまして、『苗字』名前です」

あの頃と名字が変わっていた。今目の前にいるのは「あの人」ではない。「この人」は、「あの人」なんかじゃない。

「私は知ってますよ、『赤葦さん』て人」
「そうですか」
「『赤葦さん』はずっと『赤葦さん』なの?」
「そうですよ」
「朝が来ても?」
「朝が来ても」
「夜が来ても?」
「夜が来ても」

ふふふふ、と嬉しそうに笑った。ダメですよ、そんな風に笑わないでください。「この人」は「あの人」なんだって。この人はずっと変わらず、俺が初めて好きになった人なんだって。「初恋は実らない」なんて、本当によく言ったもんだな。

「……夜が来ても寝ません。もう、夜が来ても寝ません」
「………………朝が来ても、夜が来ても、『赤葦さん』は『赤葦さん』でしょう?」
「………」
「ずっと、『私のことが好きな赤葦さん』なんでしょう?」
「………………」

なにか、言わないと。早くしないと、朝が来る。そしてすぐ、夜が来る。いっそ朝なんて、来なければいいのに。


太陽の冷たさ 月の裏側

20170825


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