彼氏ができた。約一年と半年ぶりに。私はすっかり世間でいう「アラサー」になっているし、昔はただぼんやりと「30までに結婚」とか思っていたけど、正直そんな気はさらさらなくなっていた。私は幸いにも正社員だし、給料だってそこそこいいし、働いてさえすれば、一人で生きていけるのだ。そう思っていた私に彼氏が、できた。

社内では一切会話しない。用件は個人携帯のラインでやりとり。私たちのトークルームでスタンプは今のところ一度も使われたことはなくて、これからもないんだろうなと思う。絵文字や顔文字すらない。

私の一人称は『私』で、彼の一人称は『俺』で、文面でもそのとおりで、でも、社内での彼の一人称は『わたし』で、たったそれだけで私とは距離感が近いことを感じてしまって、なんて単純なんだろう。

金曜日の夜は私の家で過ごすことになっている。次の日が休みだから。合鍵を持ってはいるが、物騒だからと家にいるときは鍵をして、チェーンもする。来た時はチャイムを鳴らして、ドアスコープで相手を確認してから開けること。これは彼の方から珍しく提示してきたことだった。

「……………」
「……………」
「…『ただいま』は?」
「…『おかえり』って、言ってくれないんですか?」
「だって、いつも『ただいま』が先だから」
「たまには、違うのもいいかと思って」

玄関先で、何をしてるんだろう。くだらない。でも、二人を取り巻く空気は、限りなく甘い。恥ずかしい。いつまで続くんだろう。あと何回『ただいま』と『おかえり』を交わしたら、終わりを迎えるんだろう。終わりを迎えることなんて、できるんだろうか。


悲劇を剥がさないで


この関係が続いても、交わる可能性は限りなくゼロに近いことだと知っていて、それでも私は終わらせる術を知らない。いや、知っているけど、チラチラ光る彼の薬指と一緒に気付かないフリをして、『おかえり』と言い続けるのだ。

20161003


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