国見英
会話はいつも向こうの方からだった。投げかけられた質問にただ答えるとか、用事があると話しかけられたりするだけで、俺からは特になかった。けれど一度だけ、俺から言葉を発したことがあった。
放課後、教室に忘れ物をしているのに気付いて、取りに行くと苗字がいた。正確に言うと、寝ていた。頬杖をついて。勉強…してるのか?なんでまた教室で…
音を立てないよう、静かに近付いた。なんでこの人は、俺のことが好きなんだろう。机の上には、数学のテキストが広げられている。
彼女の髪の隙間で窓から差し込む陽に反射してキラキラ光る何かを見つけて、俺は手を伸ばしてそれがピアスだと気付いた瞬間しまったと思った。
触れてしまった。彼女の耳に。彼女は目を覚ましていて、驚いた顔をしている。それはそうだ。付き合ってもいないのに俺は何をしてるんだろう。そして思わずこう口走っていた。
「事故、だから忘れて」
彼女は一瞬息を飲んで、そして静かに「分かった」とだけ言った。
君が知らなくていい
100のこと
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