前篇 --------- 「真樹緒殿、」 「ぬ?」 「少しよろしいですか?」 「あれ、鬼さん!」 お城のお手伝いが全部終わったお昼下がり、ぽおかぽかあったかい縁側で虎次郎とうとうとしてた時。 虎次郎のお腹に頭を乗せてごろごろしてた時。 ひょっこりお庭から鬼さんが現れたん。 やぁやぁ鬼さんどうしたん。 まだお手伝いあった? お馬の毛は全部綺麗に整えたと思ったんやけどー。 まだの子がおったやろうか。 「いえいえ、そうでは無く。」 「ぬ?」 「失礼。」 「わぁ!?」 のそのそ起き上った俺に、鬼さんが笑いながら急にぎゅって。 俺の体をすっぽり包んでぎゅうって。 背中をよしよしって優しく撫でてな、ちょっと強めにぎゅうするん。 「鬼さん?」 「申し訳ありません、痛かったですか?」 「ううん、あったかくて気持ちいいんやけどー。」 ちょっとびっくり! 急やったから! 首を振って俺からもぎゅう。 鬼さんからこうやって貰う事あんまりないからびっくりしたん。 でも嬉しいで! 俺鬼さん大好きやもん! 「ふふ、ありがとうございます。」 笑いながら俺のつむじにちゅってして鬼さんが離れた。 もう終わり?って首を傾げたんやけど鬼さんは「はい、ありがとうございました」ってゆうて手を振って行ってしまうん。 ぬーん。 俺もーちょっと鬼さんを堪能したかったなー。 鬼さんがお仕事終わったんやったらお昼寝とかも一緒にしたかったなー。 そんなぎゅうしてすぐ行っちゃうなんてー。 「がるる?」 「うーん、突然何やったんやろうね。」 「がう、」 …… ……… 「…俺も虎次郎をぎゅー!!」 「がうがうがうがう!」 くすぐってえぞ真樹緒! 今まで大人しく寝てたのに急になんなんだ! おいらの腹ばっかりくすぐるんじゃねぇよ! がうがうがうがう! 「お腹もふもふもふ。」 「ぐるぐるぐる。」 「あったかー…」 虎次郎ぬくい。 ちょうぬくい。 のそって虎次郎のお腹の上に乗ってぎゅう。 あったかくて気持ちいいん。 「真樹緒ー!」 「あ、おシゲちゃん!」 「まーたこんなところに寝て。」 日が暮れてきたら寒くなるんだから昼寝なら部屋の中でしなっていっつも言ってるでしょ。 もう、風邪ひいてもしらないよ。 「虎次郎とくっついてたらあったかいん。」 やから大丈夫。 虎次郎のぬくぬく毛皮にくっついてるから大丈夫。 俺が虎次郎のお腹でぬくもってたらおシゲちゃんが廊下をとたとた歩いて来たん。 お茶とお菓子が乗ったお盆を俺と虎次郎の隣に置いて、おシゲちゃんが羽織をかけてくれる。 「虎次郎悶えてるけど。」 「よろこんでるん。」 「がぶ、」 「…頭を甘噛みされながら何言ってんの。」 「ぬん…」 こじろう、こじろう、ごめん。 くすぐってばっかりでごめん。 謝る。 あやまるから。 やから頭はなして。 痛くないけどよだれででろんでろんになる俺…! 「全く、」 ほら、温かいお汁粉。 よだれ拭いてこっち座りな。 そろそろお腹空いてる頃でしょう? お汁粉食べて、あったかくしてからお昼寝しな。 「お汁粉!!」 「今日は白玉じゃなくてお餅入り。」 虎次郎も食べていいけど、喉に詰まらせない様に良く噛むんだよ。 「がるるる!!」 「おもち!!」 焼きたてのおもち! いい匂い!! おシゲちゃんありがとう! 「ふふ、じゃあはい。」 「ぬ?」 「お汁粉の前にはい。」 「へ?」 「おいで。」 「おシゲちゃん?」 俺がお汁粉に目を輝かせてたらおシゲちゃんが「ほら」って両手広げて俺に笑うん。 笑っておいでって。 俺はおシゲちゃんを見てじーい。 虎次郎を見てじーい。 ほんでもう一回おシゲちゃんをじーい。 それでもおシゲちゃんが笑ったまんまやから俺は同じように両手を広げて。 「えい。」 「はい、よくできました。」 おシゲちゃんにぎゅう。 ぎゅうって抱きついたら「良くできたね」っておシゲちゃんもぎゅってしてくれる。 「真樹緒。」 「はーい?」 「おシゲちゃんの事好き?」 「だいすき!」 「俺も好きだよ」っておシゲちゃんがぎゅってしながら俺をだっこ。 俺は足が浮いて慌てておシゲちゃんの頭に抱きついた。 しばらくぎゅーってしてたらおシゲちゃんが「はー、」って深呼吸。 「お汁粉のおかわりあるからね。」 「お餅も食べていい?」 「食べ過ぎは駄目だよ。」 「うい!」 じゃあおシゲちゃんはまだお仕事あるからって俺を下に下ろしておシゲちゃんがばいばいって。 やっぱり笑ったまんま廊下を歩いて行ったん。 ぬー。 おシゲちゃん行ってもうた。 何だかご機嫌で行ってもうた。 何やったんやろう。 おシゲちゃんのぎゅうはとっても嬉しかったけど! ぬーん… 「…虎次郎もお汁粉食べる?」 「がうがう。」 あんまり熱いとおいら食えねえから冷ましてくれよ。 餅は半分こしようぜ!! 「おっけー。」 ほんならお箸で割ろうかな。 おもち。 でも伸びるよね、おもち。 切りにくいよねおもち。 「虎次郎、虎次郎、俺半分食べるから残り食べる?」 「がう?」 「やぁ、ほらお餅お箸で切りにくいから。」 「がうがう。」 「ほんならお先にいただきますー。」 お汁粉頂きます。 たっぷりアンコを絡めてー。 あずき絡めてー。 あ、栗発見。 「こじろう、栗も入ってるよ。」 ほい、あーん。 「ぐるぐるぐる。」 俺はお餅をもっちもっち食べて、虎次郎に栗をあげて。 ぬー。 おいしいー。 甘くておいしいー。 アツアツやから体もあったまるよねー。 「ほい、今度はお餅ー。」 お髭にあずきつかんように気をつけてね。 お餅がつかんように気をつけてね。 きっと虎次郎の毛にお餅ついたら取れやんと思うん。 「あーん。」 「がーう。」 「もぐもぐもぐ。」 「がうがうがう。」 ぬー。 おいしいねー。 栗もおいしいねー。 「しあわせー。」 「ぐるぐるぐるー。」 「たのもうー!!」 「ぬ…?」 「たのもうー!!」 某、武田が一本槍真田幸村と申す! 本日伊達政宗殿から火急の知らせがあると聞き、急ぎ参った次第! たのもうー!!! 「ちょっとー!旦那!門壊れてるじゃない!」 待ちなって! 前にもこんな事やったよね俺様が謝ったんだよ分かってるの! もー!ちょっと待てったら!! …… ……… 「ぬ………?」 あれ? うん? 「……」 なぁなぁ、虎次郎。 虎次郎、今の聞いた? 聞き覚えがあるような男の人の声二つ。 あれ正面の門の方から違う? ほんでさらにはこの声多分ゆっきーとさっちゃん違う? でも段々近づいてきてるよね。 あれ? 「がる?」 「ゆっきーとさっちゃん。」 「た、の、もうー!!」 「ああもうちょっと煩い!!」 他所様のうちなんだから静かにしなさいよ! 「!さっちゃん!ゆっきー!」 「え!?」 「何と!」 「「真樹緒(殿)!!」」 やぁやぁ、やっぱりさっちゃんとゆっきーや。 声がしたからもしかしたらとはおもってたけどー。 まさか塀を飛び越えてお庭から入って来ちゃうなんてー。 正面の門からここまで結構あるのにー。 すごいね甲斐のお馬。 あの塀飛び越えられるんやね。 さっちゃんもさすがお忍びさんよね。 俺ちょうびっくりした!! 「いらっしゃーい!」 「おお、こちらは本丸ではありませんでしたか。」 「だから俺様待てって言ったのに。」 旦那は人の話も聞かないで。 溜息を吐きながら、さっちゃんはお馬から降りるゆっきーを見て言うた。 ぬーん。 奥州へやってきてもやっぱりさっちゃんは甲斐のお母さんー。 大変ねー。 「ここはお城の東側のお庭やで。」 ほんでもって俺のベスト昼寝スポットなん。 今日もね、虎次郎とお昼寝しようと思ってここでごろんって寝転んでたん。 でもおシゲちゃんがお汁粉持ってきてくれたからおやつタイムでやー。 「なー、こじろう。」 「がうう。」 お餅をもっちもっち食べてたらさっちゃんとゆっきーの声が聞こえて来た訳ですよ。 何や急いでたみたいやけど、政宗様にご用なん? 「そうそう、昨日書が届いてねー。」 「夜明け前に甲斐を出立して参りました。」 「へー…」 お手紙届いたんやー。 俺何にも聞いてへんかったからびっくりしたよー。 政宗様全然言うてくれへんねんやもん。 いっつもやったら前日から政宗様教えてくれるのに! さっちゃんとかゆっきーとか来る前に。 そんでもって寝る前とかに刀のお手入れとかしてるのに! 「政宗殿はおられますでしょうか。」 「ういうい、お部屋におると思うよ!」 一緒にいこうか? 「平気平気。」 真樹緒はここでこれからお昼寝でしょ。 今日はあったかいもんね。 虎君とゆっくり眠りな。 「がう?」 「真樹緒をよろしくね、虎君。」 「がうがうがう。」 「ええの?」 「はい、某共は正面に回らせて頂きまする。」 ああ、しかしその前に。 「佐助。」 「あ、そうだね。」 忘れてた忘れてた。 大事な事を忘れてたよ。 「ぬ?」 「はい真樹緒、ぎゅー。」 「わあ!」 さっちゃんがぽん、って手を打ったと思ったら縁側にやってきて俺の頭をぎゅう。 ぽんぽんって頭を撫でて「あー、このあったかさ久しぶり」なんて言いながら俺をぎゅう。 顔をすりすり、ってされてちょびっとこしょばい。 こしょばいでって髪の毛引っ張ったら今度はおでこをごっつんこされた。 へへへって笑ってさっちゃんが鼻もすりすり。 「さっちゃん?」 「ほら、旦那もどうぞ。」 「うむ!」 真樹緒殿、失礼いたす! 「へ?」 すりすりが終わったらさっちゃんがゆっきーを呼んで俺をひょいっとゆっきーにバトンタッチ。 赤ちゃんみたいにわきに手を入れられて持ち上げられた俺は簡単にゆっきーにバトンタッチ。 そしたら今度はゆっきーが俺をぎゅうってしてくれたん。 ええ…! ほんまに一体何! さっきから一体なに! 鬼さんから始まってさっちゃんやゆっきーまでぎゅうして。 何かあるんやろうか虎次郎どうしよう…! 「がるがるがる。」 おいらは忍野郎じゃなかったら別に真樹緒が誰とくっついていようが気にしねーけどな。 「ぬーん!!」 こ、こ、虎次郎! そんなあくびしてやんと! 俺がちょっと困ってるのにそんなあくびしてやんと! 「では真樹緒殿、」 「ぬ?」 「某共はこれにて。」 また、後ほど。 「へ?」 「後でねー。」 日暮れまでには起きるんだよ。 寝過ごさない様にね。 後で見に来るからー! 「………さっちゃん、ゆっきー。」 えー? 行くん? そんな爽やかに行ってまうん? 俺がとっても分からん事だらけやのに行ってまうん? ……まじで!! …… ………ぬん、 ばいばい。 ばいばい二人とも。 ……ほんまに一体何やったんやろう。 何が起こるんやろう。 ていうかさっちゃんはほんまにお母さんよね。 今日はお母さんが二人もおるね。 大丈夫ちゃんとおシゲちゃんに羽織貰ったから! 「…やぁ、ぎゅは好きやけどー。」 こんなに一杯ぎゅうしてもらったんは初めてってゆうか。 びっくりしてまうってゆうか。 「虎次郎、虎次郎、」 「ぐるる?」 「お椀厨に返しに行って、政宗様のとこ行こー。」 「がう、」 真樹緒、昼寝はいいのか? おいら結構すぐ寝れそうなんだけどな。 腹もいっぱいでここはあったけえし。 さっきからあくびが止まらねーんだ。 「…虎次郎が行けへんねんやったら一人で行くもん。」 「……………がる、」 分かったよ。 もう、しかたねぇなお前は。 言い出したら聞かねーんだから。 ほら、おいらの背中乗れ。 「こじろう!すき!」 「がるがるがる。」 知ってる知ってる。 そんな事とっくの昔に知ってるさ! 真樹緒がおいらの事好きなんて事はな! 「がるる、」 もーしかたねぇな。 とりあえず厨だな。 椀を落とすんじゃねえぞ。 「ういうい、よっこらせー。」 ではではお願いしますー。 虎次郎お願いします。 あんまり速く走らんとってね。 気をつけてー。 「がう。」 ではでは皆さんちょっと行ってきますー。 ぎゅうの原因を探るために政宗様とこ行ってきますー。 でも先にお椀を女中さんに渡してごちそさましてからね! 「ぐるるる!」 行くぞ! ちゃんとつかまってろよ! 「うい!!」 |