真樹緒が熱を出した。
朝から俺の部屋にやってきて、くっついてくるのはいつも通りだったが体がやけに熱かった。 朝飯だというのにぼけっとしているのも奇妙で、嫌いだと言う椎茸を食わせてみたら何も気づかずにそのまま平らげる始末だ。 これは重症かと部屋に運び、水が欲しいという真樹緒のために腰を上げれば何とも可愛らしいお願いをされてその場を立てなかった。
あんな目で見られては仕様が無い。 あんな小さな手で引きとめられては仕様が無い。
この野郎、真樹緒。 熱が出てもcuteたぁ、何事だ。
「うー…」 「熱いか。」
風魔が持ってきた水を飲み干し、大人しく横になった真樹緒は熱が上がってきたのか苦しげで、その額の汗をぬぐってやる。
なぁ、真樹緒。 元気のねぇお前はらしくないぜ。
廊下を走り、畑を走り、馬や鴉とじゃれているのがお前じゃねぇか。 「政宗様」とかしましく、俺に向かって飛び込んでくるのがお前じゃねぇか。 今、あんな風にお前に名を呼んでもらえないのは存外に辛い。
「真樹緒。」 「……なん、」 「心配してるぞ。」 「え…」
真樹緒の頬を撫で、頭を撫で、僅かに見開いた目元を擦る。
見てみろ真樹緒。 お前が苦しんでいると同じように辛く思っている奴らがいる。 視線を流せば真樹緒の目がゆっくりとそれを追った。
「ぶも…」 「……、」 「あ…」
不安げにこちらを見ている一人と一匹はぴくりとも動かず並んで座っている。 見えない忍の目は恐らく揺れているのだろう。
そうら、真樹緒。 俺だけじゃねぇぜ。 お前を心配してるのは。 ここにいる誰もがお前の元気な姿を見たいと思っている。 早くいつものように笑えと思っている。
もちろん、小十郎もな。
「こーちゃん…鴨田さん…」
真樹緒が小さく手を伸ばせばぶもぶもと変わった声で鳴く鴨の子供がその手にすり寄った。 無口の忍が何か言いたげに真樹緒の頭を撫でた。
そして俺は、
「真樹緒。」 「…うぃ…」 「早くよくなれ。」
いつもより熱い、そして赤い、小さなその唇に口付けた。
「……うつってしまうよ。」 「望むところだ。」 「もぉ。」
小さく見えた笑顔にひどく安心した。
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