青葉が萌える春、うららかな日が続いていたというのに今日は朝から肌寒い。 現界は更に風が吹雪いているようで森も何だか騒がしかった。
こんにちは。 この神界で元就様のお側にお仕えしております私、どうか駒とお呼びください。 よしなに。
吹雪く現界を横目にあの稲荷の社は大丈夫ですかねぇと禊が終わった元就様を振り返れば、何やら面白そうな顔で書簡に目を通している。 おや。 今日、そんなの届きましたか? 本日分は既に朝方お渡ししたものだけのはずですが。
「元就様。」 「何ぞ。」 「その書簡はどちらから。」 「下から少しな、」
面白いぞ貴様も読むかと手渡された書簡は、女手で美しい文字でございました。 気品に満ち、さぞや高貴なお方様からのものかと存じます。 私ごとき駒が拝見してもよいものかと気後れしましたが、元就様が言われるのですから構わないのでしょう。 「失礼します」と頭を下げその書簡を開いてみましたら。
…… ………
「………元就様。」 「何ぞ。」 「この書簡はどなたから。」 「下からと申したであろう。」
はいはいそうですか。 下から。 つまり現界からのお手紙だとおっしゃる訳ですね。 けれどどうして現界からここにこのようなお手紙が届くんでしょう?
『稲荷に他の芸を覚えさせてください!』
稲荷ってあの稲荷ですか。 ああ、確かに大変可愛らしい稲荷ですよね分かります。 他の芸と言われるところを見ると、先に何やら芸を持っているように聞こえるのですが。
「『くるん』ぞ。」 「……っ!」
何を楽しげに采配を振っておいでですか。 まさかこの書簡が来たからまた現界に降りるつもりじゃありませんよね。 許しませんよ執務は溜まってるんですから。
「ってどこにいかれるので!!」 「花の元に決まっておろう。」 「決めないで下さい…!」 「現界の者の声を聞くのも神の勤めよ。」
ああまた仕事が溜まる! それに何ですかその得意げな笑みは。 不安しか感じませんよ。 新しい芸を思いついたとでも言うんですかそんなまさか。 やはり不安しか感じない…!
「行くぞ駒よ、」 「………御意に…」
このままだとあの稲荷が元就様に弄ばれそうな気がしませんか。 私はします。
一体何を考えておられることやら…! これは私が共に行き、何が何でもいたいけな稲荷を守らねば。 心なしか浮かれたような元就様の背中を見て、私は決意を固めました。
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