この社を守っている稲荷は、花というらしい。
黒髪の頭からひょこんと出ているもさもさした耳は本物で、袴から伸びている更にもさもさとした二本の尾も本物だ。 気が済むまで触り倒した俺が言うのであるから間違いござらん。
「ゆきむら…」 「何でござろう。」 「…いいかげんにはなせ。」 「花はふわふわでござるなぁ。」 「ゆきむら!」
それだけ触り倒して嫌がる場所と嫌がらない場所が分かってきた俺は、体が完全に癒えるまでの間、暇を見つけては花の耳と尾を捕まえている。
花が粗方の傷は塞いでしまったが、無くなった血は増やせぬ。 暫くはじっとしていろと言われてしまったでござる。 槍を振るう事も、戦の事も考えずなんと贅沢な時間であろう。 けれど槍を持とうとすると花が可愛らしく目を吊り上げて怒るので仕方が無い。
「花、…少し眠らぬか。」
「…しっぽとみみをはなしたらな。」
「それは聞けぬ。」
「〜〜〜くすぐってぇんだ!」
「くすぐったがっている花も可愛いでござる。」
「ゆきむら!!」
ぷん!と花が立ち上がった。 俺はお勤めがあるのだと叫ぶ小さな稲荷をそっと抱き込む。 じんわりとその体温が心地よい。
「あたたかいな、花は。」 「ゆきむら…?」
本調子ではないといえ、体が落ち着いてきて思うことがある。 いくら稲荷神といえ血みどろの侍をよくも拾ったものだと。 助けたところで何の利益も無いだろうに。
「…花、そなたは…」 「ゆきむら?」
ここはとても時間がゆるりと過ぎる。 忙しない外界から切り離されたように。 俺の素性などは花にとって気に留める事では無いのだろう。
何の見返りも求めず、乞わず、ただひたすらに村や森、奉る神、ひいては人間の俺の事を考えてばかりの。 優しい優しい稲荷が守る社は心地が良すぎて。
戦をし、目先の戦いにばかりに躍起になっていた自分がひどく情けなかった。
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