不思議な感覚だ。 今まで体の肉を引きちぎられるような痛みとそれに伴う妙な催眠状態。 意識が途切れ、また浮き上がるということを繰り返し感じたのは小さな手の感触。
なぜ戦場に子供がいるのか。 危ないではないか。 流れ矢に当たったらどうする。 早く自分の里に逃げぬか。
「…ねつ…さがらねぇな…」
ひたり、と額が冷たくなって一気に意識が覚醒した。
そうだ俺は。 腹を斬られ額を斬られ。 自分の体に流れる血など出しきって。 確かにあの時、倒れたはずなのに。
なぜ生きている。
「…っ!?」
起き上がったつもりの体は寸とも動かなかった。 視界が狭くて目が見えぬ。 見開いた目の先にいたのは小さな子供。
暫く目が合ったままじっと止まる。
「…あ…あ…」 「…」
額に置かれた手はこの子供のものであろう。 だがここはどこだ。
そのままぐるりと目線だけで辺りを見回した。 仄暗いこの板の間は、狭いと思ったが意外に広い。 暗いと思ったのは明かりが蝋燭だけだからだ。 几帳の前でじりじりと火が揺れていた。
扉の向こうは何故だか橙色で。 反対側を見ると小さな神棚がある。
「……そうか…」
ここはあの社。 俺が行き倒れた社ではござらんか。
「は…」
ぼう、と揺れる蝋燭の火を見た。 強張らせていた体の力を抜いて今自分はどんな状態なのかを確かめる。
指は動く。 視界は狭くとも見える。 体に痛みはほとんど無い。
ああ、そうか俺は。
「…生きていたか…」
命など一度見限ったものを。 往生際の悪い体に苦笑した。
そして。 心の臓が動いているという事実に、安堵している己が浅ましかった。 お館様。 幸村は未だそのお側にいてもよろしいのでしょうか。 目の奥が熱くなった。
「ま…まだうごいたらだめだぞ…」 「、そなたは…」 「ひぅ…!」
いつの間にか額にあった手は離れて、子供は几帳の裏へと隠れてしまっていた。 垂れてある薄絹の間からこちらを伺うように覗く子供。
まさか自分の手当てをしたのはあの子供であろうか。 この力の抜けた体を運び。 傷の手当まで。 血を恐れなかったのか。 武装した武人を恐れなかったのか。
「…」
どこにでもいそうな里の子供だ。 歳はおそらく五を少し超えたぐらいで。 不安げに俺を見る目はきょろりと大きい。
髪は目の覚めるような真っ黒だ。 十人いたら十人が可愛らしいと言うだろう子供だ。 そしてその上にはもっさりとやたら触り心地のよさそうな耳があって。 そう耳が、
…… ………
「む?」
耳?
「……そなた。」 「…っ…!」 「…そこから、出てきてはくれぬか。」
そしてそのぴょこぴょこと動いている耳を見せていただきたい。 何でござるか。 何でそんなところから耳が生えている。
狐か。 狐でござるか。
そしたら尻尾はどうなっているのでござろう。 あるのか。 気になる。 それを含めて両方共確かめさせてはくれぬか。
「〜〜〜っう…」
唇を振るわせる狐の子供は明らかに自分を恐れていたが、その時の俺は目の前にある事実に、おそらく正気ではなかった。
「その耳、」 「ひ…っ…」
今まで寸とも動くはずの無かった体が思いのままに動き。 几帳の後ろに隠れている狐の耳を思わず鷲掴んだ。
「触らせていただく…!」 「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
稲荷とお侍
「う…うごけねぇはずなのに…」 「……取れぬ…」 「あたりまえだ!!」 「ぬ?」 「おれはいなりだから耳はほんものだ!」 「稲荷と…?」 「いなりだ。」
「……」 「……う?」
すりすり。 すりすり。
「ふぁぁぁぁぁっ…!!」 「過敏でござる。」 「みっ耳で遊ぶんじゃねぇ!!」
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幸村さんの口調がわからない…! お館様や目上の方には某、その他は俺、に使い分けるつもりで、す。
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