上から聞こえるのはやはり人の声だ。 どこか幼い声のものと、少し低い男の声が二人分。 暫く会話が聞こえて帰るのかと思えば気配はまだそこにある。
「ちっ…」
面倒臭ぇ。 おおよそ面白半分で足を踏み入れた奴なんだろう。 大して興味も湧かずふん、と水中に泡を出して政宗はもたげた首を再び水底に寝かせた。
傍で控えている小十郎に目配せを一つ。 優秀な右目は静かに上の様子を探りに行く。
目を瞑り。 けれど計らずも耳を澄ましてしまう己が浅ましい。 別に気になっている訳ではない、と誰にとも無く言い訳をして。 しかしす、と漂った神気めいたものに僅かな違和感を感じて閉じた目を開いた。
「雨たもれ雨たもれ雲にかかれ、なるかみや。」
「Ah?」
これは雨乞いの祝詞だ。 五穀豊穣のために、雨を請う詞だ。 しゃらん、と聞こえるのは鈴の音で。
「おおおんだのうるおうばかりせきかけて、ゐせきに落とせ、かわかみのかみ。」
舌ったらずな声で。 祝詞も何もあったものじゃない棒読みなのに、意図が五穀豊穣とは違うどこかにあるようで。 いやに必死さを感じさせた。
「………巫女か?」
所詮は人間の。 それならば姿を見せてやる義理も無いが、感じる気配は人ならぬもの。
「……ふん。」
暇つぶし程度になるだろうか。 こんな場所にやってきて雨乞いの祝詞を唱える「何か」は、この俺の暇つぶしに。 期待をしている訳じゃねぇ。 物珍しいだけだ。 そうして政宗は水の中でその体を伸ばす。
隣に降りてきた小十郎は「稲荷のようですが、人間も」と言葉を濁した。
「出られるので?」
「…こんな所まで雨乞いに来た奇特な奴を拝んでやろうじゃねぇか。」
口の中で詞を唱えると手に持った珠が光り、美しく靡くたてがみは絹のような髪に。 日の光で輝いていた鱗はすべらかな人の肌に。 威厳のあるその龍の面は、誰しもが息をつくような青年の顔に。 装束を身に纏い口元には小さく笑みを。
「…面白そうだ。」
相変わらず青く輝く目を細めて政宗は泉を昇っていった。
光揺れる水面が近づく。 やがて水の中からも人影が見えて。 暫く様子を窺ってやろうかと思っていれば。
「雨たもれ雨たもれぇっ!?」 「花!!??」 「花ちゃん!!??」
ドボン!!
「!!!」
祝詞が途切れ、丁度真上から焦ったような声が聞こえて。 自分が漂っているまさにそこに。
「がぼがぼがぼっ!」
…… …………
「……あー…あ?」
小さな毛玉が勢いよく落ちてきた。
「……政宗様、」 「…拾ってやれ。」
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