01



森の中、稲荷の社があるところからもっと深く進み。
背の高い草木を分け入り、そこを抜けると湿地がある。
水草に足を取られながらもさらに進むと岩肌が現れ、澄んだ水が豊かに溢れる滝と泉にたどり着く。


そこは龍穴。
水面は太陽の光を反射して輝き、底に沈む石たちはさながら虹色のように。


きらきら。
きらきら。


様々な色を身に纏いまばゆいた。
ざわりと風が靡き、たまに滝の流れにのって落ちてくる青葉が趣き深い。


「…平和だねぇ…」


流れ落ちる滝の水音を聞きながら、政宗はくぁ、とその大きな口を開けた。
自慢の長い髭もゆるりと揺れる。
濃い瑠璃色の鱗は今日も素晴らしい艶で政宗を満足させた。


「ふん…当然だ。」


そう。
彼、伊達政宗は龍神である。


滝の奥に続く祠で清水に巨大な龍の体をたゆたわせ、暇を持て余しながら日々を過している。
龍は雷雲や嵐、竜巻を呼ぶ、と信じられているせいだろうか。
行き過ぎた噂ではそうなると生贄を捧げなければならないらしい。


そうした伝承と、そこに辿り着くまでの鬱蒼とした湿地とも相まって龍神が祀られている祠にここ数年人影は無い。


「…ふん。」


人間というものが嫌いな己には丁度いいと政宗は思う。
ぱしゃんと尾で水を弾いて目を細めた。
都合の良い時だけ神だと崇め奉る人間達程不確かなものは無い。


一体あいつらは何で出来ているんだと考えた事があるが二刻程考えて、考えるのを止めた。
理解する事など無駄だと結論づけて。


そうしてずっとこの祠を住処とし。
神界からも現界からも切り離されたここで己を全うするんだと改めて見切った日、あれは一体いつだったろう。
思い出すのも面倒臭くて、政宗は玉泉に体を潜らせた。


泡玉が己を包む中、水音が静かに響く。
祠に差し込む光が鱗を輝かせて。
ゆうるりと巨大な体でとぐろを巻き政宗は耳を澄ませた。


「…Ahn…?」


青い世界の中聞こえるのはいつも通り水と、風と、滝の音だけのはずで。
間違っても人の声などするはずは無い。
それでも上から小さく聞こえてくるのは。


「花、待つでござる!」

「ゆきむら!さすけ!あったぞ!いずみだ!!」

「はしゃいでたら落ちるよー。」

「さすけははいなりを何だとおもって「子狐ちゃ、」いなりだ!!」


「…マジかよ…」


何百年ぶりかの人の声。


「政宗様…」

「小十郎、客だ。」

「如何様に。」

「様子を見る。すぐに出れるようにしとけ。」

「承知。」



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