「花。」 「ゆきむら…?」
もっさい耳をぐりぐりと撫でて、落ち着いてくれと背中を撫でる。 そのまま神殿の縁に座り暑さで少し火照った花の頬を包み込んで。
「……寝るぞ。」
「きゅ?」
「え、ちょっと旦那!」
「寝る。」
「なっ!ゆきむら、ねるなら一人で」
「俺様の素敵な振り返してくれない!?」
「うるさいぞ佐助。おぬしも寝よ。」
幸村はそのままごろりと横になった。
もし花が倒れでもしたら取り乱す自信はある。 稲荷の介抱の仕方など知らぬ。 己の命を救った小さな稲荷を俺は救う事が出来ないかもしれない。
そう思うと、自分の無力を思い知らされて腹の底が重たくなった。 人間など稲荷神の足元にも及ばないのだろうがそれでも。
「…」 「旦那…」 「…ゆきむら…?」
俺の腹の上で、花が髪に触れてくる。 佐助も何かを悟ってか隣に胡坐をかき「言わなきゃ伝わらないよ」と肩をすくめている。
良いのだ。 人間の汚い独我論など、この綺麗なままの稲荷には必要無い。 目がかち合って佐助が笑う。 「旦那らしいね」と笑えば、首を傾げた稲荷がよじよじと腹の上を上りぺとりと俺の首元に顔を寄せた。 突然、どうしたと目を剥くが。
「ゆきむら、おれがかまってやらなくって、さみしかったのか?」
ごめんな、と。 何を勘違いしたのかか細い声で。 本当に申し訳なさそうに言う稲荷に思わず笑みが漏れる。 耳も尾も見ていて気の毒なぐらいに下がってしまった。
「花…」
「せっかくゆきむらとさすけがが来てくれたのにな、」
「花ちゃーん…」
確かに己の機嫌は多少悪かったかもしれないが、腹にくすぶる何かは今や完全に影をひそめている。 そして何の便りもよこさず勝手に来たのはこちらの方だ。 花が謝る事は何も無い。
「そんな顔しないでよ、花ちゃん。」
「きゅぅ。」
佐助が花の頭を撫でて笑った。 困っておるような、それでいて喜んでおるような。 そんな顔で笑うお前は今まで見た事が無い。
珍しい。 あの佐助が、と驚くと同時に自分のどこかが満たされていた。
「花、佐助。」 「う?」 「旦那?」 「昼寝だ。」
戸を開け放した神殿は風通りが良い。 森から吹く冷たい風が火照った体を冷ます。 目を瞑ればすぐにでも寝れそうだ。
体の力が抜けた花の頭を腕に乗せ、羽織をかけて目を瞑った。 佐助のため息が近くで聞こえたが構うものか。
「んじゃ俺様はお仕事しますかねぇ〜」
お前も楽しそうではないか。
ここはお館様が治める領地。 何も危険な事は無い。 気配を配り、何も無ければお前も休めと佐助に声をかけて、意識は遠のいてゆく。 そうして幸村は直ぐにでも心地よいまどろみに引きずられていくはずだった。
「我の前で昼寝とはいい度胸よ。」
「え、ちょっとアンタどちらさん。」
頭の上から聞こえてきた、見知らぬ声。 目を開くとどこか人間離れした「気」を持つ男がすぐ近くに佇み。 何ものも言わせないというような圧力で。
「我は日輪の申し子、毛利元就である。」
幸村と佐助の眠気はそれこそ根こそぎ奪い去られてしまった。
「生憎人外はここの稲荷ちゃんで間に合ってるんだけど。」
「無礼者めが。」
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