俺が躑躅ヶ崎館へ戻って一月。
お館様へのご報告も済ませてしまっては後は上田に戻り、山積みになった政務をこなすしかない。 元より体を動かす単純な仕事の方が自分には合っていると思っている幸村にはそれが辛い。 けれど少しでもサボるような素振りを見せれば、背後でじっと自分を見張っている忍が「旦那」と身も凍るような声で主を脅すのだ。
「脅してなんかないでしょー人聞きの悪い。」
「だが佐助…!」
「はいはい、無駄口叩かない。」
お仕事は待ってくれませんよ。 ぺしりと主の泣き言を叩きつけて佐助はため息をついた。
やれやれ。 旦那にも困ったもんだ。 これだけ政務が溜まったのは自分のせいでしょうに。 やれば出来るのにいつでも後回しにするから。
「…佐助。」 「終わった?んじゃ次はこれ、」 「違う。」 「へ?違うって…」 「佐助。」
「だ…旦那?」
片手に書類を積んで、頭にも積んで、優先順位を決めていたら旦那の様子がちょっとおかしい。
あちゃー、これは朝から仕事をやらせすぎたかなぁなんて頬をかいて。 ちょっくら甘味でも持って来ますかとご機嫌をとろうと思っていたのに。
「花のもとへゆく。」
旦那が至極まじめな顔で(そりゃあ戦でさえ滅多に見られないような)振り向いた。
…… ………
「は?」 「花のもとへゆくと申したのだ。」 「いやいやいや。」
仕事どうすんの。 さらに溜まっちゃうんだけど。 後で困るのは旦那だよ。 大将に言いつけるよ。
「ぐっ…」 「(あ、怯んだ)」
「だ、だが本日の政務はこなしたぞ!!」
「えー…でもどうせまた溜めるでしょー?」
「た、溜めぬ!!」
「………本当?」 「二言は無い!!」
うーん。 確かにそろそろ旦那の集中力も限界なんだよねー。 このまま続けてもはかどりそうに無いし。 むしろぐだぐだとうるさくなりそうだし。 ちらりと旦那を見れば眉間に皺を寄せて俺を見上げていた。
あらあら。 そわそわしちゃって。
「佐助!!」
うーん。 まぁ、お仕事結構がんばってもらったしねぇ。 確かに旦那の言う通り一日分の政務は終わってるんだ。 だから、まぁ。
「…はぁ、」 「!!」 「…いいんじゃない?」 「まことか!!」
うっれしそうな顔。 まぁもともと甘味持ってこようと思ってたしね、うん。 息抜きって事で。
「そうと決まればすぐに参るぞ!!」 「はいはい、お供します。」
俺様だって花ちゃんに会いたいしねー。 あのふわふわもこもこの尻尾と耳は触り倒したいよね、うん。 きゅうきゅう目ぇ細めて鳴く花ちゃんを膝の上なんかに乗せてのほほんとしたいよねー。
あ、至福だこれ。
土産を持っていくぞと浮かれている主に呆れながら、俺様も人のこと言えないなぁなんてあの狐の子を思い浮かべて。 例えば何を持っていけばあの子が喜んでくれるだろと、顔が緩んでしまった自分の頬を小さく叩いた。
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