03



「は!ねすぎた!!」


すんすん、と動いた鼻に夕方特有の湿った匂いを感じて花は飛び起きた。
思わず周りを見回して、隣に誰もいないのに首を傾げる。
おかしい。
確かにずっとゆきむらとねていたはずなのに。


「ゆきむら?」


ぴくりと耳を立てて音を探った。
自分に掛けられていた着物を肩にかけて神殿を出る。
灯した覚えの無い行燈が橙色に光っていて。


「?」


振り返ると神棚にはお神酒も米も塩も水だって供えられてあった。
お勤めをする前に眠ってしまったはずなのに。


もしかして。
まさか。


「ゆきむら…?」
「おお、花起きたか。」
「ゆきむら!!」


廊下の向こうから歩いてきた幸村を見つけ、花は駆け寄った。
二尾を揺らし音も立てずふわりと舞い上がるように飛びついた花を幸村は難なく受け止め、片手で抱き上げる。
きゅうきゅうと目を細めてくっついてくる花の柔らかいその感触に思わず口元が揺れ、頭をなでた。


「あんどんつけたのはゆきむらか?」
「俺と佐助でな。」
「さすけ……?」
「俺の忍だ。」
「しの…」

「ハーイ、初めまして花ちゃん。」
「きゅん!?」


ひょっこりと幸村の後ろから顔を出したのは鮮やかな橙色の髪を持った男だった。


猿飛佐助、よろしくねと覗き込めば花の耳が下がる。
尻尾もぴりりと立ったままだ。
驚いて幸村の首元に顔を埋めてしまった花を見て「あらら」と佐助が苦笑った。


「びっくりしちゃった?」
「きゅっ!!」
「花、怯えずとも大丈夫だ。」
「ゆきむら…」


ぎゅうとくっついた幸村の首から顔を上げて、花はぴくぴく耳を揺らす。


ゆきむらがだいじょうぶって言ったからだいじょうぶかな。
やさしそうに笑ってるから、こいつもこわいやつじゃねぇのかな。
きゅう、と小さく鳴いて花はそおっと幸村の後ろを覗き込んだ。


「……さ、さすけ?」
「はーい?」
「きゅう、」
「かーわい!!」


再び幸村の腕の中に隠れてしまった花を佐助はひょいと抱き上げた。
「ひょおっ!」と変な声を出し、足を手をバタバタ揺らす花と額をこつんとくっつけて佐助はじっとその大きな目を見つめる。


「旦那を、」
「う?」
「旦那を助けてくれて、ありがとうね。」
「佐助…」


戦が終わり、残党を追って森に入った主が消息を経って三日。
生きた心地がしなかった。
森を走り回り、烏を飛ばし、気配を探ってもその姿は見つからず。
ああやっぱりあの時頭をぶんなぐってでも止めておくのだったと唇を噛んだ。


いくら武田の一本槍と謳われていたって血の通った人間。
「もしも」はすぐ背後にいつだってやってくる。


「さすけ…?」

「お稲荷様だって聞いた時はどんな奴かと思ったんだけど。」

「きゅ?」

「こーんな可愛い子狐ちゃんだったとはね。」

「む!きつねじゃねぇ!いなりだ!!」


ぺしぺし佐助の額当てを叩き「ぷんっ!」と頬を膨らませる花に「やっぱりかわいー」なんて頬ずりして佐助はその小さな体をぎゅうと抱きしめた。


ありがとう。
本当にありがとう。
旦那を見つけてくれて。
旦那を助けてくれて。


受け入れてくれて。


俺たちは君の森を踏み荒らした人間だというのに。


「ふふ。」
「きゅ?」


もう一度ありがとねとふさふさの耳元で佐助は呟く。
くすぐってぇよさすけと舌ったらずに、もぞもぞ見上げてくる花に警戒心はもう無い。
にこにこと笑っている佐助にすっかり体の緊張も取れてしまった。


ほーら、たかいたかーいなんて花をあやしている佐助が面白くないのは幸村で。


「佐助ずるいぞ。」

「あ!」

「ゆきむら!」

「そら、花。俺の方が高い!」

きゅぅぅぅぅ!!!



ぽーんと放り投げられて花の体が空に消えた。



「ちょ、旦那ぁ!花ちゃん飛んでっちゃったじゃない…!!

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ここまでで一段落です。
次回からは慶次に会ったり奥州行ったり、みんなと団子食べたりのほほんと進みます。

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