主と共にやってきた厨では伊達成実が煙上がる大鍋の前でしゃもじ片手に額の汗を拭っていた。
抱いていた小さな体を床に下ろせば「ありがとこーちゃん」と可愛らしい笑顔を下さり、一目散に主が駆けて行く。 その背中は楽しげに揺れ、伊達成実に一直線だ。 そしてこれでもかと勢いをつけて飛び上がり。
「おっシゲちゃーん!!」 「あ、真樹緒。」 「とおっ!!」 「ちょっとこんな狭い所で!」
もう! あぶないでしょ!
「(…)」
伊達成実の首に巻きつくのはいつもの事である。
ぶらぶらとぶら下っては伊達成実に窘められているが、一度くっついてしまえば主は簡単にはその手を離さない。 相手は「おシゲちゃんおシゲちゃん」と日頃から慕っている奥州の母なのだ。 ひとしきり名前を呼んで、ひとしきり甘えて、ひとしきり主が満足するまでそれは続く。 満面の笑顔で頬を擦りつけられてしまえば母とて満更では無く、そのまま主を首にぶら下げたまま小さくため息を吐いて何事も無かった様にまた大鍋に向かってしゃもじを動かした。
「なぁなぁ、おシゲちゃん。」 「んー?」 「これ何ゆだってるん?」 「これ?」
今朝採れたばかりの落花生だよ。
「らっかせい?」 「落花生。」 「食べれるん?」 「美味しいよ。」
茹でたてをいかが。
「ふぉぉぉぉ!!」
どうやら。 伊達成実が主を呼んだのは主に落花生を振舞うためだったらしい。 見渡せば厨の隅に、鍋に入らなかった落花生が未だ土の匂いをさせたまま山積まれている。 なるほど大ぶりな実は見事で、ぐつぐつぐつと湯だつ鍋を覗き込みながら主は目を輝かせた。
「風魔もどう?」 「(?)」 「落花生。」
真樹緒と一緒に食べない?
「(…)」
奥州の母は、どうしてだか己にも甘い。 にこにこと笑いながら茹であがった落花生をざるに上げ伊達成実が言う。 母がそんな事を言うものだから主の目も更に輝いてしまって、「こーちゃんも一緒!!」と伊達成実の首元から己を見上げた。
「ぶもぶも。」 「ああ、もちろん鴨田さんもね。」 「ぶもー。」 「(…)」
本来ならこの場を去り、己は忍として主を守るべく天井で忍んでいなければならないのだが、期待の籠った目と温かな母の笑顔を前にしては「否」と首を振ることも出来ない。 悲しげに眉を下げるだろう主に、困ったように笑うだろう母に、己はどうあっても勝つなど敵わないからだ。 結局は首を縦に振り、日当たりのよい縁側で主と共に「お八つ」を迎える事になってしまう。
「もぐもぐもぐ。」 「(もぐもぐもぐ)」 「はい、これ殻取ったよ。」 「ありがとうおシゲちゃん!」
はい、こーちゃんもどうぞー。 鴨田さんはこっちの砕いたやつ食べようなー。 喉に気をつけてねー。
「ぶもっ。」 「(ぺこり)」
ざるに茹で上がったばかりの落花生を山ほど乗せて、やってきた縁側は思った通り心地よい陽だまりの中にあった。
ここは主のいっとうお気に入りの場所である。 時に己を伴って「ひなたぼっこ」をされたり、時に伊達政宗と共に昼寝をされたり、こうやって母の誘いでお八つを食べられたりと、何かにつけてこの場所は選ばれる。 すぐに庭へ出て道場や畑へ行くのにも近道になるのだと、笑顔で教えて下さったのは己が主に仕える事になってその日の事だった。 何とも名誉な事である。
「ぬーん。落花生ってピーナッツの事やったんやねぇ。」 「ぴぃなっつ?」 「俺のおったとこではそっちの呼び方の方がめじゃーなん。」 「へー。」
落花生に違う呼び方があるなんてねー。 知らなかったよ。
主に相槌を打ちながら落花生の殻を割る伊達成実は、中身を主にそして己に渡しながら笑っている。 慈愛に満ちたそれは主に、己に注がれ少し体がむずりとした。 照れ臭いとは思わないが、どうしてだか体がむずむずとこそばゆい。 顔を隠すように少し俯き主から手渡された落花生を食べた。 子鴨に不思議そうに首を傾げられてしまったのには苦笑しか出ない。
「あ、そーやおシゲちゃん。」 「うん?」 「ちょっと俺お願いあるねん。」 「おや、なぁに。」
もぐもぐと口を動かしながら主が己を見上げた。 主の頬についてある小さな落花生のくずを取りながら、伊達成実が己と主を見比べて、「二人して何を思いついたの」などと母親らしく目を細める。
……… …………
今更改めて言葉にするのも何だが。 伊達成実は本当に主の母なのではないだろうか。
じ、と見つめていれば「ほら風魔も口」と、素手で口元を拭われる始末で。 先程のむず痒さがまた襲ってきて拭われたそこを手で擦った。 …やはり伊達成実は母である。
「ぬふー。」
なぁ、なぁ、こーちゃん。 さっきのあれゆうてもええと思う? ほら、あの。 ほっかむり。 皆でお揃いほっかむりがほしいなぁっていうやつ。
頬手で擦っていればもじもじと、掌で落花生を遊ばせながら今度は主が己と伊達成実を見比べる。 口の中の落花生を呑み込んでからこくりと頷いた。
相手は母である伊達成実です。 日頃厳しく甘くあなたを見守っている男です。 あなたの願いならきっとどんな事でも叶えてくれましょう。
「やぁ、ほんなら。」
あんなおシゲちゃん! 俺今日皆でお手伝いしてて思ったんやけどー。 ほっかむりが欲しいん!!
「ほっかむり?」
してるじゃない。 風魔と鴨田さんとお揃いで。 可愛いよ。
くすくすと喉を鳴らす伊達成実に「ちがうんちがうん」と主が首を振る。 そう。 そうではないのだ。 主が望んでいるのは己達のみではなく、母や父そして鬼の名を持つ三傑の一人と、大事な大事な伊達政宗と共に持つ七人分の。
「全員分?」 「うい。」
ほんでそれつけて夏きたら皆で田植えするん。 お揃いほっかむりで。 田植え。
楽しそうやと思わない!! なぁ、こーちゃん! なぁ、鴨田さん!
「(こくこく)」 「ぶも!」
目を輝かせて力説する主の背中を押すように己と子鴨も頷いてみせる。 どうしてだかこの奥州の母は主ばかりか己と子鴨のこれにも弱いらしい。 主と二人そろって伊達成実を見つめると暫く口元に手を当てた後、小さく息を吐いてやれやれと言って笑った。
「仕様がないなぁ。」
そんな顔されたらねー。 嫌だなんて言えないじゃない。 ほっかむりでも何でも作ってあげるよ。 どんなのがいいの。
……やはり、伊達成実は主の、そして奥州の母である。
「ぬ?」 「皆の分欲しいんでしょ?」 「うい。」
おシゲちゃんが作るん?
「勿論。」
俺を誰だと思ってるの。 奥州のお母さんだよ。 お母さんに出来ないことなんて無いんだから。
「まじで!!」 「まじで。」
主が飛び上がって喜んだのは言うまでも無い。
飛び上がり伊達成実に抱きつき、行儀が悪いよと叱られている様はどうみても親子で。 明日になれば恐らく出来あがったばかりのほっかむりが主の元に届くのだろう。 そして主はやはり目を輝かせてそれらを眺め、一目散に母の元へ走ってゆくのだ。
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キネマ主の日常、昼はお手伝いと自分のお忍びさんに見守られてすごします。 お城の皆様はキネマ主が喜びそうなものが手に入ると率先して教えてくれるのです。 落花生はこの時代無かったようですが、そこは目を瞑って下さると幸いです。 (初めは落花生を食べて鼻血を出す予定だったのですよ/汗 でもほっかむりに出番を奪われましたぬーん…!)
それにしてもおシゲちゃんが名実ともにお母さんになってしまった(汗) おシゲちゃんにはキネマ主も小太郎さんもとても大事な自分の息子です(笑)
おまけとして。 下に考えたものの入れるところが無かった皆さまのほっかむりの柄について、キネマ主とおシゲちゃんの会話を一つ。 もしかしたら次の(次で終わる予定ですが)お話の最後でちょろっと絡むかもしれません。
「おシゲちゃんおシゲちゃん。」 「うん?」 「ほっかむりの柄って俺がリクエストしてもいい?」
りくえすと? りくえすとって何?
「えーと、俺が皆のほっかむりの柄決めてもいい?」 「ああ、」
いいよ。 どんなのがいいの。
「あんなー、」
政宗様は龍で決まりやと思うん。 青地に龍。
「…独眼竜だしねー。」 「ねー。」
ほんで鬼さんは鬼やろー。 生地は何色でも男前やから似合うはず!
「そこは譲れないねー。」 「ねー。」
こじゅさんはもちろんネギとごぼうでー。 あ、生地は茶色な! 黒も捨てがたいけど!
「…葱と牛蒡?」 「ネギとごぼう。」
こーちゃんは漢字で風!って書いてあるんがいいなー。 黒地に赤で。 赤地に黒でもええけど!
「風魔だもんね。」 「ねー。」
鴨田さんは鴨田さん柄で。 黄色い鴨の子柄で!
「鴨だから?」 「カモやから。」
おシゲちゃんは明るい橙色でー、「奥州のお母さん」って書いとって欲しいん。 お母さん。
「……まじで?」 「まじで!」
お粗末さまでした!
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