主は、与えられた仕事を果たす事も、それが終わった後に遊ぶ事も常に全力である。
「こーちゃん、こーちゃん、よーいどんでスタートやで!」 「(こくり)」
朝餉を無事に食べ終え、主が次にすべきとするのはこの城の「お手伝い」だ。 誰に言われるでも無く自然と始まった主の「お手伝い」は今では厨の掃除に始まり廊下拭き、洗濯や厩の手入れなど数えきれない程になっている。 初めこそ伊達政宗の寵児という事に躊躇っていた城の者達も主の「お願い」には敵わないらしい。 「何かお仕事あるー?」と惜しげもなく振りまくその笑顔によって、今では主の「お手伝い」は引く手あまただ。
そして主はその「お手伝い」に全力で臨まれる。 そう、全力で。
「鴨田さんも準備おっけー?」 「ぶもも。」
足につけた布で滑らんように気つけてね。 ぶも。
本日の「お手伝い」は廊下の床拭きである。 頭にほっかむりをした主は両腕の着物の袖をたくし上げ、床を拭く準備は万端だ。 これから挑まんとしているのは往復三十三丈はあるだろう見事な鴬張りの廊下で、そこを磨き上げるとなると相当の力が必要のように思う。 常人ならば音を上げるだろう。 だが。
…… ……… 我が主は何事にも全力である。
「ほんなら三人そろっていくよー。」
雑巾がけレースやで!
「ぶも。」 「(こくり)」
固く絞りあげた晒をしっかりと両手に持った主が隣にいる子鴨と己を見上げて言った。
主と同じくほっかむりをした己も改めて身が引き締まる思いだ。 たかが床拭きと侮らず、懸命に挑もうとしている姿は流石我が主である。 その主の命であるならばこの風魔小太郎、全力で臨むのみ。 「ぞうきんがけれーす」の意味は忍である己には理解する事ができなかったが、主がなそうとしている事は十分に酌んでいると自負がある。
隣の子鴨とてその心意気は同じであろう。 主から贈られた小さなほっかむりを靡かせている姿が頼もしい。 廊下の先を見据えるその目も、日ごろ主の頭の上に乗っている子鴨と同じものとは思えない程だ。
やはりかの主に仕える者はそうでなくてはならない。 主の望むまま、そして主が全力ならば我々も全力で。
「(じっ…)」 「ぶもも。」 「(こくり)」
目と目を合わせ頷き、廊下の端に並んで主の合図を待つ。 手には晒をしっかりと持って。
「よーい…」
どん!!
聞こえたと同時に持てる力、全てを使い全力で。
「(しゅばばばばばばば!!!)」 「ぶもももももももも!!!」
「にょー!!二人ともちょう速いー!!」
まじで!! こーちゃんはお忍びさんやから何となく分かるんやけど鴨田さんそんな力どこに隠してたんまじで…!! 鴨田さんの本気はじめてみた…!
目を見開く主の横を二度三度、子鴨と駆け抜けて磨き上げた床は完璧だ。 汚れ、曇り、埃、一つとて逃していない。 きらりと光るそこには己の姿が反射して映る。 出来栄えに満足して子鴨と顔を見合わせた。
「ぺかぺかやー。」
光ってるー。
我らはまた一つ主の望みを叶える事が出来た。 ぶも。 何と名誉な事だ。 ぶもも。
「こーちゃんも鴨田さんもすごいー。」
廊下の半ばでは主が目をきらきらと輝かせて我らを見つめている。 ほー、と少し頬を赤らめて息を吐く主は可愛らしい。 目を瞬きながらひょこひょこと近づいてくる主も可愛らしい。 そして己は、「すごいねぇ」と笑うそんな主を見るとむず痒い様な誇らしい様な、どこか特別な感情に満たされる。 驕り、得意になるなど忍失格も甚だしいがこの主にかかってしまえばそう思うなと言う方が無理な話で。
「床ぴかぴかやで!」
ありがと! 俺一往復もせんまま雑巾がけ終わってしまったよ! こんなに長い廊下やのにー。
さすがー。 さすがお忍びさんと鴨田さんー。 素敵なお仕事してますねー。
「ぶもー。」 「(ふるふる)」
頭を撫でられて思わず頬が緩む。
己を甘やかす主に慣れたのはごく最近で、どうしようもなく温かいその手を戸惑わず受け入れることが出来たのも最近で、それに身を委ねてしまう事が出来ることに気が付いたのも最近だ。 そんな時の己は「幸せそうな顔」をしているのだと言う。 伊達政宗が喉を鳴らして笑ったが、そうかこれが幸せというものかとやけに納得をして頷いたのを覚えている。
晒を洗い桶を片付け、いつものように子鴨を頭に乗せた主の後ろを侍りながらそんな事を思い出せばやはり口元が緩んでどうしようもなかった。
「今度はねー、厨やで!」
おシゲちゃんがね、暇が出来たらちょっと顔を出してねってゆうてたん。 一体何のご用かは分からんのやけどなー。 お手伝いやったらあかんからまだほっかむりはしとこうねー。 ほら、三人お揃いのほっかむり。 何か嬉しくなるよね。
「ぶもっ!」 「(こくり)」
主と揃いのものを身につけるなど恐れ多いが、主が喜んで下さるのなら冥利につきる。 厨へゆくという主の後ろを侍りながら頷いた。 頷けば主が嬉しげに。
「これでこじゅさんおったら四人でおそろやのにねー。」
あ、鬼さんも。
あのイケメン二人のほっかむり姿は本当男前やと思うん俺。 ただならぬ素敵ぐあいやと思うん俺。 イケメンは何しててもイケメンとかずるいでなー。 やぁ、こーちゃんと鴨田さんもイケメンやけど可愛い方のイケメンなんやで? やから気ぃ悪くせんとってな。 俺こーちゃんと鴨田さんのほっかむり姿も大好きよ!
「ぶもっ。」 「(こくこく)」 「ぬー…ほんならやぁ。」
もうこうなったらおシゲちゃんとか政宗様の分のほっかむりも作ってもらおうかなぁ。 ほら、ちょっとこじゃれた柄で。 そしたら皆でおそろ!
「あ、でも政宗様ほっかむりとか嫌かなぁ。」
お殿様やし。 どう思う?こーちゃん。 唸りながら振り返った主の顔は真摯で。 先程とはころりと変わった表情に首を傾げた。
「(…?)」
主が願えばそれこそ伊達政宗にしろ伊達成実にしろすぐにでもほっかむりぐらい被りそうだと思いますが。 何なら新しくそのほっかむり用に布を新調し、自ら手縫いを買って出る位にはどちらも本気に応えてくるかと思いますが。 相手はあなたを愛しいと常日頃から豪語してやまない二人です。 先程の廊下掃除にしても、誘われれば揚々とやってきて片倉小十郎の胃を痛ませるかと。
何も心配される事はありません。 目をじっと見つめ伝えると主が「そう?」と己とは反対の方向に首を傾げた。 頷いて口元を上げるとやっといつもの様な笑顔を見る事が出来てほっとする。
「ほんならおシゲちゃんにお願いしてみよかなぁ。」
お揃いほっかむり。 色違いとかにしてもらって。 あ、ちょっとわくわくしてきた…!
「こーちゃん急いで厨いこー!」 「(こくり)」 「鴨田さん落ちやんようにしっかりつかまっててねー。」 「ぶもっ!」 「ではではれっつらー、ってわぁ!」
走り出そうとした主の体をひょいと抱き上げ飛び上がる。 ここから厨へは屋根伝いに飛んで行った方が早い。 主が急ぐというならやはり全力で。
「こーちゃん連れて行ってくれるん?」 「(こくり)」 「ありがとー。」
日は空の一番高いところにある。 頬に靡く風は冷たいながらも穏やかだ。 城の者の声がその風に乗って聞こえてくる。
さぁ急いで厨に行かねば。 伊達成実が呼んでいるというならば、それは恐らく主が喜ぶ何かを用意してあるからだろう。 きゃらきゃらと己の後ろ髪で遊ぶ主の背中を撫で、子鴨にも落ちぬようにと目くばせ。 一つやはり変わった鳴き声の返事を聞いて屋根を駆けた。
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名前変換が鴨田さんだけですみません(汗) 小太郎さん視点ではどうしても主呼びになってしまいました…! 次はおシゲちゃんと厨で一息。 キネマ主観察日記というよりはキネマ主の一日な感じがしますすみません…!
廊下は約100メートルくらいです。 往復百メートルなので端から端まで50メートルくらい。 政宗様のところお城(二の丸あたり)は立派な廊下があるという事でひとつお願いします(汗)
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