07



「うわーん!」


ひどい。
政宗様ひどい。
俺の事忘れてた。
お腹がきゅるきゅる鳴ってても待ってたのに!
おシゲちゃんに貰ったお饅頭も食べやんと待ってたのに!
俺との約束忘れてたー!


「ひーん!」


もう知らんもん。
政宗様なんか知らんもん。
ゆっくりお父さんとお話ししてたらええやんか!
お酒飲んでたらええやんか!
俺もう政宗様とご飯食べへんねんから!


こーちゃんにくっついてお城の屋根に登って、お月様に照らされながらぐすぐす。
お腹の奥から苦しいもんが競り上がってきて息が詰まる。
目を閉じても涙がいっぱい出てくるし、鼻水かってさっきからもうずるずるなん。

こーちゃんがずっとぎゅうってしててくれてるけど、体も震えてしまう。
自分でもびっくりするぐらい泣いた。
目がとろけるぐらい泣いた。


「ぐす…」
「(なでなで)」
「こーちゃーん…」
「(ぎゅう)」


ゆるゆる撫でてくれるこーちゃんの手があったかい。
背中もとんとん叩かれて安心する。
こーちゃんの胸に顔を埋めたまんま、目一杯息を吸い込んだ。
それからゆっくり吐いていく。

そしたら、ちょっとお腹が楽になった。


「こーちゃんありがと。」
「(ふるふる)」


埋めてた顔を上げてこーちゃんの頭をなでなで。
ありがとこーちゃん。
はーってもう一回息を吐いたら大分落ち着いた。

目の前がぼおっとするんはいっぱい涙が出たからやろうか。
ぱちぱち瞬きしてたら又こーちゃんにぎゅうされた。


「こーちゃん?」
「…、」


あれやぁこーちゃん。
そんなこーちゃんが泣きそうな顔で。
俺があんなにいっぱい泣いてもうたからびっくりしてもうた?
やぁやぁ、声に出してもうたらもう止まらんくってなー。


ごめんやで。
でももう大丈夫。
お腹は空いてるけど泣いたらちょっとすっきりしたん。
こーちゃんが一緒におってくれたしな!


「やからそんな顔せんとって?」


こーちゃんが悲しい顔してたら俺まで悲しくなっちゃうわ!
へらって笑ったらこーちゃんが目もとを優しくさすってすれた。

ぬー。
そこ、かぴかぴよね。
涙乾いちゃって。
ありがと!

照れ臭くなってこーちゃんの手ぇ握ったら、グッドなタイミングでお腹がきゅるるって。


「あ、」
「?」
「ぬー…、」


やぁ、こーちゃん俺お腹がちょっと限界みたい。
お腹をさすったら又きゅるるって鳴った。


「なぁなぁこーちゃん。」
「?」
「これから厨へ行ってみぃひん?」


ほんでおにぎりとか作ってみない?
俺お腹と背中がくっつきそう。
今やったらいつもの倍おにぎり食べれそうよ俺!


「ははぁ、それはよい時に来た。」
「ぬ?」
「!!」


ほんならやぁ、その時手が。
こっちに向かってひらひら振られてる手が。
厨へ行こうってこーちゃんを引っ張った時、お城の屋根からにゅっと手が伸びてるのが見えました。


やぁ、ちょっと怖い。


屋根には俺とこーちゃんしかおらんかったはずやのに。
こーちゃんあれ何やろうって聞くより先にこーちゃんは俺を連れてその手から離れてくれた。


「ぬー…怪しいんー…」
「(こくこく)」
「やれ、それは手厳しい。」
「う?」


俺とこーちゃんがその手をじーい。
誰やろうねってじーい。
ほんならその手ががしっと瓦を掴んで、ひょっこり男の人が顔を出しました。


…だれ?


やぁ、お城で見た事無い人なん。
全然全く知らん人。
黒い髪の毛で後ろにぺりっと固めてるんはこじゅさんとおんなじ。
でも年はきっとこじゅさんより上やと思う。

ぬん。
若く見えるんやけど何や雰囲気?が普通の人とは違う感じするん。
顔はずーっとにっこりしてるから、怖いとかは全然無いんやけどね。
うん、優しそう。

それから何や誰かに似てるような気ぃがするんやけど…


「先程は息子がすまなかったね。」
…ぬ?


息子?
誰?
こんな男前なお父さんの息子さんに知り合った事あったやろうか。


……
………


だれ?


「詫びと言っては何だが、握り飯を用意した。」


共にどうかね。


にっこり笑う目もとに何や見覚えがあるような気ぃする。
ちょいって上がる口元が何や知ってるような気ぃする。


「じぃー…」
「うん?」
「じぃー…」
「いやはや、そんな風に見られると。」


照れるね、って見せたぞくっとするイケメンな視線が何か、何か政宗様に…


「!政宗様のお父さん!」
「何だ気付いていなかったか。」
「やぁ、本物!」


こーちゃんの腕から身を乗り出そうとして「暴れないで」って怒られる。
ぬう、ごめんこーちゃん。
でもあれ政宗様のお父さんやって!
本物やで!


えーと、えーと。
お名前こじゅさんに教えて貰ったん。
えーと。


「輝宗様!」
「可愛い子に名を呼ばれるのはいいものだねぇ。」


そら、警戒が解けたならこちらで共に握り飯を食おう。
成実の自信作、味握りだそうだ。


輝宗様が懐から出したのは竹の皮で包んだおにぎり。
ぷわんと良い匂いに又俺のお腹が鳴りそうです!


「おシゲちゃんが?」
「真樹緒、君へと。」
「ぬー!」


おシゲちゃんありがとうー!
おにぎりありがとうー!
さっきのお饅頭も、おにぎりの後でいただくからな!


「輝宗様もありがとう!」
「なんの。」


こーちゃんの腕の中から屋根に下りてにこにこ笑ってる輝宗様とご飯。
おシゲちゃんの味握りはちょう美味ですよ!

しゃけそぼろやろー、高菜やろー、かりかり梅とじゃこやろー。
豪華でどれもこれもうましー。


「ぬー、さすがおシゲちゃんー。」


二つ平らげて三つ目をどうしようかなーって迷う。
やって輝宗様もおるし。
こーちゃんと二人だけやったらぱくっといっちゃうんだけどー。
初めましての人がおるのにガツガツいくのはねー。

お茶をずずって飲みながら(やぁ、輝宗様お茶も持って来てくれたん。)高菜のおにぎりを見る。


ぬう。
おいしそう。


ちらちら見てたら輝宗様がくくくって笑った。


「食べればよいのに。」
「腹はちぶんめなん。」


ええん。
気にしないで。
輝宗様食べてや。

湯飲みを置いておにぎりを輝宗様へ。
まだ食べたいんがばれてるみたいで何か照れる。
もー、そんなほほえましそうな顔で見やんとってぇな。
やっぱり照れるやんー。


「さて、真樹緒。」
「ぬ?」


あれ?
俺、輝宗様に名前教えたやろうか。


……
………


あれ?
俺が首かしげてるんも気にしやんと輝宗様は続ける。


「私が口を出すのはお門違いだと思うのだが。」

「?」

「息子を許してやってはくれないだろうか。」

「あ…」


元はと言えば私が撒いた種でね。
輝宗様が申し訳なさそうに笑う。


「余りにもあれが君の事を惚気るものだから。」

「…のろけ?」


どれ程君の目が大きいか。
どれ程君の肌がすべらかか。
どれ程君の頬が桜色か。
どれ程君の笑顔が己を惚けさせているか。
どれ程君がきゅーとか。


聞いているこちらが恥ずかしくなるような事を言ってのけてねぇ。
それはそれは真樹緒が愛しいのだと、何とも幸せそうな顔で語るのだよ。


「愛されているねぇ。」
「え…、あ…?」


顔が熱くなった。
ちょっともう政宗様何言うてるん。
お父さんに何言うてるん。
親子水入らずでお話しする話ちゃうで…!


ほっぺたごしごししても熱いの直らんし。
目もちょっと泳いでしまうし。


ぬー!!
何!
何か何にも無いのに恥ずかしい…!


「だからお願いだよ、真樹緒。」
「輝宗様…」
あれから固まったままぴくりとも動かなくてね。


余程の衝撃だったと見える。

ぬ?

ほら、「政宗様なんかきらい」


……
………

は!!


…俺何て事を!


ぬーん!
政宗様ごめんー!
ちがうから!
嫌いとちがうから!
誤解なん!
俺政宗様の事大好きやから!


「こーちゃんお部屋戻るよ!」
「(こくん)」


政宗様はお父さん来て忙しかったのに。
しょうがなかったのに。
俺、ほんま何て事を!
嫌いとかほんまは思ってへんから!

あの時はちょっとほら、お腹減ってたから。
つい勢いというか。

ぬー!
ちがうん!
ほんまは政宗様大好きなん!


輝宗様に失礼します!ってご挨拶して屋根を降りる。
廊下に足がついた瞬間、猛ダッシュです。
全速力です。
政宗様のとこ向かうのです!
誤解を早く解かなくちゃー!


「ぬーん!政宗様ー!」


いまいくからー!
すぐいくからー!
待っててや!
俺政宗様の事大好きやでー!


―――
―――――


「やれやれ」


好いたもの同士は似るというが、まことそっくりだねぇ。
あの息子も、変われば変わるものだ。


「…輝宗様、そこで何をしておられますか。」

「あれ小十郎。良いところに来た。」


酒の相手も夕餉の相手もいなくなってしまった。
付き合いなさい。
月見といこうじゃないか。


「では早々にそこから下りて頂きたい。」


月見なら部屋でも出来ます故。


「お前の堅物さは昔も今も変わらないねぇ、」



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