「うわーん!」
ひどい。 政宗様ひどい。 俺の事忘れてた。 お腹がきゅるきゅる鳴ってても待ってたのに! おシゲちゃんに貰ったお饅頭も食べやんと待ってたのに! 俺との約束忘れてたー!
「ひーん!」
もう知らんもん。 政宗様なんか知らんもん。 ゆっくりお父さんとお話ししてたらええやんか! お酒飲んでたらええやんか! 俺もう政宗様とご飯食べへんねんから!
こーちゃんにくっついてお城の屋根に登って、お月様に照らされながらぐすぐす。 お腹の奥から苦しいもんが競り上がってきて息が詰まる。 目を閉じても涙がいっぱい出てくるし、鼻水かってさっきからもうずるずるなん。
こーちゃんがずっとぎゅうってしててくれてるけど、体も震えてしまう。 自分でもびっくりするぐらい泣いた。 目がとろけるぐらい泣いた。
「ぐす…」 「(なでなで)」 「こーちゃーん…」 「(ぎゅう)」
ゆるゆる撫でてくれるこーちゃんの手があったかい。 背中もとんとん叩かれて安心する。 こーちゃんの胸に顔を埋めたまんま、目一杯息を吸い込んだ。 それからゆっくり吐いていく。
そしたら、ちょっとお腹が楽になった。
「こーちゃんありがと。」 「(ふるふる)」
埋めてた顔を上げてこーちゃんの頭をなでなで。 ありがとこーちゃん。 はーってもう一回息を吐いたら大分落ち着いた。
目の前がぼおっとするんはいっぱい涙が出たからやろうか。 ぱちぱち瞬きしてたら又こーちゃんにぎゅうされた。
「こーちゃん?」 「…、」
あれやぁこーちゃん。 そんなこーちゃんが泣きそうな顔で。 俺があんなにいっぱい泣いてもうたからびっくりしてもうた? やぁやぁ、声に出してもうたらもう止まらんくってなー。
ごめんやで。 でももう大丈夫。 お腹は空いてるけど泣いたらちょっとすっきりしたん。 こーちゃんが一緒におってくれたしな!
「やからそんな顔せんとって?」
こーちゃんが悲しい顔してたら俺まで悲しくなっちゃうわ! へらって笑ったらこーちゃんが目もとを優しくさすってすれた。
ぬー。 そこ、かぴかぴよね。 涙乾いちゃって。 ありがと!
照れ臭くなってこーちゃんの手ぇ握ったら、グッドなタイミングでお腹がきゅるるって。
「あ、」 「?」 「ぬー…、」
やぁ、こーちゃん俺お腹がちょっと限界みたい。 お腹をさすったら又きゅるるって鳴った。
「なぁなぁこーちゃん。」 「?」 「これから厨へ行ってみぃひん?」
ほんでおにぎりとか作ってみない? 俺お腹と背中がくっつきそう。 今やったらいつもの倍おにぎり食べれそうよ俺!
「ははぁ、それはよい時に来た。」 「ぬ?」 「!!」
ほんならやぁ、その時手が。 こっちに向かってひらひら振られてる手が。 厨へ行こうってこーちゃんを引っ張った時、お城の屋根からにゅっと手が伸びてるのが見えました。
やぁ、ちょっと怖い。
屋根には俺とこーちゃんしかおらんかったはずやのに。 こーちゃんあれ何やろうって聞くより先にこーちゃんは俺を連れてその手から離れてくれた。
「ぬー…怪しいんー…」 「(こくこく)」 「やれ、それは手厳しい。」 「う?」
俺とこーちゃんがその手をじーい。 誰やろうねってじーい。 ほんならその手ががしっと瓦を掴んで、ひょっこり男の人が顔を出しました。
「…だれ?」
やぁ、お城で見た事無い人なん。 全然全く知らん人。 黒い髪の毛で後ろにぺりっと固めてるんはこじゅさんとおんなじ。 でも年はきっとこじゅさんより上やと思う。
ぬん。 若く見えるんやけど何や雰囲気?が普通の人とは違う感じするん。 顔はずーっとにっこりしてるから、怖いとかは全然無いんやけどね。 うん、優しそう。
それから何や誰かに似てるような気ぃがするんやけど…
「先程は息子がすまなかったね。」 「…ぬ?」
息子? 誰? こんな男前なお父さんの息子さんに知り合った事あったやろうか。
…… ………
だれ?
「詫びと言っては何だが、握り飯を用意した。」
共にどうかね。
にっこり笑う目もとに何や見覚えがあるような気ぃする。 ちょいって上がる口元が何や知ってるような気ぃする。
「じぃー…」 「うん?」 「じぃー…」 「いやはや、そんな風に見られると。」
照れるね、って見せたぞくっとするイケメンな視線が何か、何か政宗様に…
「!政宗様のお父さん!」 「何だ気付いていなかったか。」 「やぁ、本物!」
こーちゃんの腕から身を乗り出そうとして「暴れないで」って怒られる。 ぬう、ごめんこーちゃん。 でもあれ政宗様のお父さんやって! 本物やで!
えーと、えーと。 お名前こじゅさんに教えて貰ったん。 えーと。
「輝宗様!」 「可愛い子に名を呼ばれるのはいいものだねぇ。」
そら、警戒が解けたならこちらで共に握り飯を食おう。 成実の自信作、味握りだそうだ。
輝宗様が懐から出したのは竹の皮で包んだおにぎり。 ぷわんと良い匂いに又俺のお腹が鳴りそうです!
「おシゲちゃんが?」 「真樹緒、君へと。」 「ぬー!」
おシゲちゃんありがとうー! おにぎりありがとうー! さっきのお饅頭も、おにぎりの後でいただくからな!
「輝宗様もありがとう!」 「なんの。」
こーちゃんの腕の中から屋根に下りてにこにこ笑ってる輝宗様とご飯。 おシゲちゃんの味握りはちょう美味ですよ!
しゃけそぼろやろー、高菜やろー、かりかり梅とじゃこやろー。 豪華でどれもこれもうましー。
「ぬー、さすがおシゲちゃんー。」
二つ平らげて三つ目をどうしようかなーって迷う。 やって輝宗様もおるし。 こーちゃんと二人だけやったらぱくっといっちゃうんだけどー。 初めましての人がおるのにガツガツいくのはねー。
お茶をずずって飲みながら(やぁ、輝宗様お茶も持って来てくれたん。)高菜のおにぎりを見る。
ぬう。 おいしそう。
ちらちら見てたら輝宗様がくくくって笑った。
「食べればよいのに。」 「腹はちぶんめなん。」
ええん。 気にしないで。 輝宗様食べてや。
湯飲みを置いておにぎりを輝宗様へ。 まだ食べたいんがばれてるみたいで何か照れる。 もー、そんなほほえましそうな顔で見やんとってぇな。 やっぱり照れるやんー。
「さて、真樹緒。」 「ぬ?」
あれ? 俺、輝宗様に名前教えたやろうか。
…… ………
あれ? 俺が首かしげてるんも気にしやんと輝宗様は続ける。
「私が口を出すのはお門違いだと思うのだが。」
「?」
「息子を許してやってはくれないだろうか。」
「あ…」
元はと言えば私が撒いた種でね。 輝宗様が申し訳なさそうに笑う。
「余りにもあれが君の事を惚気るものだから。」
「…のろけ?」
どれ程君の目が大きいか。 どれ程君の肌がすべらかか。 どれ程君の頬が桜色か。 どれ程君の笑顔が己を惚けさせているか。 どれ程君がきゅーとか。
聞いているこちらが恥ずかしくなるような事を言ってのけてねぇ。 それはそれは真樹緒が愛しいのだと、何とも幸せそうな顔で語るのだよ。
「愛されているねぇ。」 「え…、あ…?」
顔が熱くなった。 ちょっともう政宗様何言うてるん。 お父さんに何言うてるん。 親子水入らずでお話しする話ちゃうで…!
ほっぺたごしごししても熱いの直らんし。 目もちょっと泳いでしまうし。
ぬー!! 何! 何か何にも無いのに恥ずかしい…!
「だからお願いだよ、真樹緒。」 「輝宗様…」 「あれから固まったままぴくりとも動かなくてね。」
余程の衝撃だったと見える。
ぬ?
ほら、「政宗様なんかきらい」
…… ………
は!!
「…俺何て事を!」
ぬーん! 政宗様ごめんー! ちがうから! 嫌いとちがうから! 誤解なん! 俺政宗様の事大好きやから!
「こーちゃんお部屋戻るよ!」 「(こくん)」
政宗様はお父さん来て忙しかったのに。 しょうがなかったのに。 俺、ほんま何て事を! 嫌いとかほんまは思ってへんから!
あの時はちょっとほら、お腹減ってたから。 つい勢いというか。
ぬー! ちがうん! ほんまは政宗様大好きなん!
輝宗様に失礼します!ってご挨拶して屋根を降りる。 廊下に足がついた瞬間、猛ダッシュです。 全速力です。 政宗様のとこ向かうのです! 誤解を早く解かなくちゃー!
「ぬーん!政宗様ー!」
いまいくからー! すぐいくからー! 待っててや! 俺政宗様の事大好きやでー!
――― ―――――
「やれやれ」
好いたもの同士は似るというが、まことそっくりだねぇ。 あの息子も、変われば変わるものだ。
「…輝宗様、そこで何をしておられますか。」
「あれ小十郎。良いところに来た。」
酒の相手も夕餉の相手もいなくなってしまった。 付き合いなさい。 月見といこうじゃないか。
「では早々にそこから下りて頂きたい。」
月見なら部屋でも出来ます故。
「お前の堅物さは昔も今も変わらないねぇ、」
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