06



親父殿がやって来るという知らせを受け取ったのは、その当日の早朝の事だ。

てめぇこの野郎ふざけるなと文を握り潰したところで、この予定が覆される事は恐らく無い。
安眠を妨害された事に溜め息を吐いても来るというならば来る。
あの親父殿はそういう男だ。


「…面倒臭ぇ。」


隣に眠る真樹緒に口付け、お前は今日もcuteだなと床を出る。
それなりに持て成しの準備をしていれば、男は飄々と笑いながら供もつけずにやって来た。


「やぁ、息災で何よりだ。」


全くいい身分だ。

一体何の用だと見てやれば。最近、好い人が出来た様じゃないか。と、噂はこちらまで届いているよと。
しゃあしゃあと言ってのける。


思わず目を見開いた。
もしかしなくてもそれは真樹緒の事で。
てめぇその情報をどこで仕入れやがった。
ひくりと頬を引きつらせ出迎えたのはつい先程の事だ。

酒を飲み交わし、延々と真樹緒の事を探ろうとする親父にいい加減俺の腹も煮えてくる。


「何のつもりだ一体、」
「大層可愛らしい子を愛でているそうじゃないか。」


父に隠し立てするつもりかい?


……
………


朝っぱらから勝手にやってきて、よくものうのうと。


俺と真樹緒の安眠を邪魔しておいて。
いいだろう。
あんたがその気なら嫌と言うほど聞かせてやろう。
うちの真樹緒がどれ程cuteでsweetかって事をな。


「…だがなぁ、」
「何か問題があるかい?」


くい、と猪口を傾け眉を上げた親父に鼻で笑う。
何杯目か分からない酒を空いた猪口に注ぎ、まぁ聞けと胡座を組みかえた。


「真樹緒はcuteなんだよ。」
「あぁ、聞き及んでいるとも。」


そうだ。
うちの真樹緒はどこに出しても恥ずかしくない程cuteだ。


大きな目はきょろりと俺を見上げ、まばゆむばかりの輝きを見せる。
その時我慢ならず触れる肌はすべらかに手に馴染み、そこがぽかぽかとやたら温かい。
見れば頬を桜色に染め、真樹緒が俺を見て笑っているのだ。

大事な事はこの甘い笑顔がそれはそれは己を蕩けさせてしまうという事で。
遂に辛抱が足らなくなり、その小さな体を思い切り抱き締めてしまう事になる。

だがここでも気を抜いてはいられない。
埋めた首元から香る、花のような匂いがくらくらと己を襲ってくるからだ。


一つに絞れやしねぇ。


ここへ来てとんだhappeningだ。


いっそ天晴れだよお前。


むしろ私の頭の中がはぷにんぐだ。


「Ah?」
「いやいや。」


流石の私もやれ腹が膨れた膨れた。
あてられてしまっては敵わない。
溺愛ではないか息子よ。


何だ今更。
「うん?」
「その体で話をしてんだろうが。」
「あれ、これはこれは。」


やはり敵わない。
息子は一体どうしてしまったのやら。

楽しげに酒を傾けている親父に顔をしかめ息を吐く。
何だと言うのだ。
てめぇが尋ねてきたのだろう。

舌打ちをしても崩れない親父の笑みが気に食わない。
目を逸らし己も酒を酌めば「あぁそう言えば」と。


「時に息子よ。」
「何だ。」
「お前の惚気を聞くのも愉快だが。」
「ならもう少し付き合え。」


真樹緒の話となると、今まで話しただけでは事足りない。
俺達の出会いから今までを存分に語ってやろう。


「いや。」
「Ah?」
可愛いあの子との夕餉はいいのかい?


ほら、先程熱烈な口付けと共に約束をしていただろう。


「……」


……
………


…!


親父が指すのは窓の外。
辺りは暗くすでに月が上っている。
虫の声に混じり、ほうほうと梟の鳴き声も聞こえ始めた。
雲が少しあるから星は見えないねぇと親父が暢気に笑う。


「――――真樹緒!!」


弾かれたように立ち上がり真樹緒の部屋に走った。
城には火が灯り廊下は薄明かるい。
だが寒い。
白い息が出た。


何刻だ。
あれから何刻経った。

真樹緒に口付けた時はまだ明るかった。
一度うろうろとこちらを窺いに来たのにも気付いている。
いじらしいその姿に頬を緩めている内に足音は遠ざかってしまったが。


「っ真樹緒!」


気が逸る。
夕餉を約束した。
もう外はこんなに暗くて静かだ。
すでに誰ぞと済ませているかもしれない。


だが。


「…っ、」


だが。


「真樹緒!」


返事は聞かずに扉を開けた。
ほの暗い部屋には二つの影が揺れている。
気配を隠そうともしない忍と、その腕に抱かれうずくまる真樹緒。


すう、と大きく息を吸って部屋に入った。
一歩、踏み込むと真樹緒の小さな肩が震え同時にぴりりとした気をあてられる。
途端身体中を襲う酷く重苦しいものはこの忍の憤怒なのだろう。


だがそんなもの、言われずともひしひしと。


「…真樹緒、」
「……俺ずっと待ってたん。」


政宗様いつ来てくれるかなって待ってたん。
ぼそぼそと聞こえる真樹緒の声は消え入りそうだ。
また一歩前に進む。
震える声に泣いているのかと、思わず俺の手が戦慄いた。


「一緒にご飯食べるってゆうた。」
「ああ、…そうだ。」


確かに約束をした。
そしてお前に口付けた。


「…お腹空いたん。」


ちらりとこちらを見てくる真樹緒の目が潤んでいる。
今にも零れそうなそれは涙で。


狼狽えた。
今までかつて無い程狼狽えた。


そして。


「真樹緒、悪か」

政宗様なんかもうきらいー!!

っ!?


そして。
喉を枯らしたような叫び声に俺の体は思い切り固まった。



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