風に乗って、カンカンと木の打つような音が聞こえる。 あれは木刀同士がぶつかる音だ。
「抜き小手!!」 「踏み込みが甘よ慶次ー。」 「返し胴!!」 「間合いを詰めよ!!」
目の前で繰り広げられているのは、村の少年とこの辺りの領地を治める人間達との稽古で。 ほぼ毎日繰り返されるそれによくやりますね、と頭や脛に青痣すり傷が耐えない子供を眺めた。 それでも稽古に没頭している二人と、それを傍で眺める龍神は楽しそうだ。 教えたものを面白いぐらい直ぐに吸収し身に着けていく子供は、稲荷とはまた別の所であの二人の心を動かしているらしい。
「ふ、ぁ…」
そんな事を暇つぶしに考えながら稽古が始まってふたとき、まだまだ続きそうなそれに欠伸が浮かんでしまいました。
冬にしては暖かく、陽気が肌に気持ちの良い霜月。 師走に向けての準備や祭事など、探せば山積みな政務を笑顔で放り出し、さぁ今日も下界に降りるぞといつものように意気揚々と言ってのけた神様は、目当ての稲荷を膝に載せてご満悦ですよ。 ええ、腹の立つぐらいに。
自分達が来たときには少年と人間達はすでに稽古を始めていました。 稲荷はというと、それを面白そうに耳と尻尾を揺らしながら眺めていましたけれどやってきた元就様を見つけるや否やお馴染みの笑顔で元就様に飛びつきましてね。 そこであの忍さんや龍神とひと悶着あったのは言わずもがなですよ。 お約束ですよね、本当。
「よい天気であるな、花よ。」 「きゅう。」
そんな会話を四回ほど繰り返して少し、のほほんとしたこの暖かさに稲荷がうつらうつらと船をこぎ始めました。 「眠いか。」と聞いた元就様に対して気を使ったのか「ねむくねぇよ。」と舌ったらずにも懸命に答えた稲荷の目が半分閉じていたのは、はやり眠かったのでしょう。 やがて限界だというようにこてんと横に倒れた稲荷を元就様は膝に乗せました。
「愛いものよ。」 「………ええ、まぁ…」
可愛いかと聞かれればそりゃぁ、可愛ですよ。 たまにこちらが驚くぐらいの阿呆な事をやってくれるところも憎めません。 放っておけないなんてそれこそ。
「むにゅにゅにゅ…」
聞き取れない寝言を漏らしてもぞりと稲荷が寝返りを打った。 元就様が撫でる金色の尾からは日のにおいがして。
「花、お前はどんな夢を見ておるのだろうな。」
緩みっぱなしの顔を隠しもしない元就様に小さくため息をついた。 全く、一人の稲荷を特別扱いなど許されないと言うのに。
「はよう起きぬか。」
頬ずりするのは勝手ですけど。 その稲荷、
「涎、垂れてますよ。」 「まこと、愛いものよ。」
どこまで溺愛なんですか。
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