「それ花、手を持ってやるから足を動かしてみよ。」
「きゅ?」
「体というものは浮くでござるよ、花。」
力は抜くのだぞと言えば素直に稲荷は浮いた。 湯煙の中、人間の侍と元就様の手を持ってぱちゃぱちゃとバタ足をしている稲荷を微笑ましげに見ている龍神と人間の忍はどこから持って来たのか酒盛りを始めている。 何だかんだいって気は合ってるんじゃないですか。 乾杯こそありませんが、静かに酒を煽る様子は中々様になっていらっしゃいます。
「ゆきむら、かみさま、おれちゃんとできてるか?」 「上手だ花!!」 「その調子ぞ。」
そのまま頑張れなんて言っているのを聞きながら、さっきまでは稲荷の隣を泳いでいた(海を知らなかったのに直ぐに泳げるようになったのは今でも不思議だ)人間の子供の姿が無いのに首を傾げた。 稲荷の応援をしていたはずですが。
「…、何をしているので。」 「駒のにーさん!」
どこにいったんだと探していた子供は顔を半分だけ湯に潜らせて龍神と人間の方をうかがっていた。 またよからぬ事でも企んでいるのでしょうか。 企んでは成功及ばずいつも返り討ちにあっているというのに。
「なぁ、忍のにーさんと龍のおっさん飲んでんの何だろうな。」
「…酒じゃないですか?」
「うまいのか?」
「さぁ…」
私はあまり好きじゃありませんが。 そう言ってちらりと横を見ると少年のキラキラした目が酒に釘付けでした。
何。 何考えてるんですか。 まさかあれ狙ってんじゃないでしょうね。 止めてくれませんか。 面倒臭い事が起こりそうな気がするんです。
「忍のにーさんとの龍のおっさんは今、お稲荷様に夢中だからだいじょーぶだって。」
「その自信どこから来るんですか。」
そろりそろりと子供が二人に近づいた。 相変わらずバシャバシャと後ろで水しぶきが上がる中、最近多くなったため息を吐いて(それでもそれを嫌だと思っていない自分がやるせない)少年を見送る。 ゆっくりと近づいているがどうせ気付かれるのでしょう。
「…全く…」
私はあなたの息が続くのかどうかの方が気になりますよ。 少年が進む方向に水面が波状に動く。 それを目で追いながら湯煙の中やれやれと。 稲荷と侍、元就様は一体どうなったかと振り返れば後ろで。
バッシャーーーン!!!
「ちょ、ええぇー!?」
「Shit!!慶次、テメェ!!酒が!」
「っぱーー!!俺、いまちょっとしんだよ!!」
「……やっぱり。」
徳利を載せた盆が見事にひっくり返っていた。
稲荷と温泉
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