「花ちゃーん、って」
何かこんな光景を見た事がある気がするのはただの気のせいだろうか。
旦那が慶次を小脇に抱えながら森を走り、たどり着いた温泉はもくもくと煙を上げそれはそれは心地よさそうだった。 湯の中に紅葉の葉が浮いているのも趣き深い。 これで鹿の鳴き声でも響いてきたら完璧なのにねぇとどこか遠い目をしても、自分の目の前の温泉で見知った稲荷ちゃんと神様とやらが楽しげにバッシャバッシャと水しぶきを上げているのに何ら変わりはない。
旦那の腕の中で自分の主ともども何やらうずうずとしている小僧を横目に佐助はため息を吐いた。
「男前が台無しだぜェ?。」 「そのまま茹っちゃえばいいのに蛇。」 「照れんなよ色男。」 「沈められたいのかなー?」
佐助はバッシャーンという大きな水音と子供達の声を背に、いつも余計な一言をいつもわざわざ聞こえるように言ってくれる男を睨んだ。
温泉にすら足の付かない稲荷は幸村と慶次、元就に支えられて水遊びを楽しんでいる。 ここで溺れたらもうどうしようもないよ、花ちゃんと内心つっこんで、けれどやはり余計な心配なんてものをしながら、いつでも支えてやれるようにと佐助は稲荷に目が届くところに浸かった。
少し高めの湯はじわりと体を温める。 ぴりりと軽く感じる刺激は傷だらけの肌に染み渡った。
「いい湯だねぇ。」
秘湯だな、と機嫌の良い龍神を横目に乳白色の湯をすくう。 花ちゃんに言ってみたものの、馴染んでしまったこの日常が未だむず痒いのは俺だけだろうか。 花ちゃんだけでも非日常だったのに、こんなに増えて。 一人ごちてみるがニヤニヤと笑う蛇が鬱陶しい事この上無いので佐助は考えるのを辞めて小さく頭を振った。
「ゆきむら!!」 「どうしたでござる、花?」 「おれおよげるようになったぞ!」 「お稲荷様すごいんだよ!!」 「誠か!!」 「ほら、忍のにーさんも、龍のおっさんも見て見て!」
泳げないわりに水を怖がらない花ちゃんは、どうやら温泉で泳ぐ練習をしていたらしい。 「えー本当?」と元就さんを見ればいつものように不敵な笑みで「ふふ」と返されただけだ。 駒の人にいたってはやれやれと肩をすくめて。
「花ちゃん?」 「さん、にい。いーち、お稲荷さま!」 「おうっ!!」
ざぷんと顔をつけた花ちゃんが膝小僧を抱えて温泉にもぐり。 ぷくぷく空気の泡が出始めてすぐ。 確か慶次が十ほど数えた後。
…… ………
「っぷっはー!!」 「ほらな、お稲荷様すげぇんだ!!」
キラキラとした目の子供が二人顔を上げた。
…… ………
「可愛いでござらぁぁぁぁぁぁ!!」
旦那、旦那、可愛いのは分かるよ。 でもちょっと煩い。 そんで、しかもそれ。
「潜水だよ、花ちゃん。」
「きゅ?」
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