ごつごつした岩の上を歩いて少し進んだ所に祭壇があってやぁ。 石を積み上げて土台みたいなんが作られててな、右端と左端に鬼の石像が立ってるん。 片っぽは怒ってるみたいな顔で、片っぽは泣いてる顔。
ぬぅ。 何やそれっぽい。 鬼ヶ島っぽい。
お神酒とお塩、お米をお供えする器があるのは花ちゃんとこと一緒っぽいんやけどなー。 何せ鬼に挟まれてるし。
「あ、花ちゃん花ちゃん!」 「きゅ?」 「しめ縄これちがう?」
さっきまでお隣で歩いてたはずの花ちゃんを呼んでみたら、花ちゃんはいつの間に持ってきてたんか新しいお神酒とお塩とお米をお供えしてました。 真樹緒ですこんにちは!
ぬう。 ふよふよ浮きながら忙しそうにしてる花ちゃんはとってもお稲荷様やねんけどやぁ。
「…花ちゃん?」
やぁやぁ、花ちゃん。 それどこに入ってたん。 お神酒とお塩とお米。 今まで手ぶらやったやん。 手ぇ繋いできたやん。 お稲荷様ってそうゆうんも出来たりするん? お稲荷様しよう?
「きゅ?このそでのところにな、けっこうはいるんだ。」
さすけが何かはりでぬいつけてくれたんだぞ。 おかしとかいれときなさいね、っていってた。 がんじょうだからさいしどうぐもはいるんだ。 すごいだろ!
「まじで!!」
さすけさんしよう…! てゆうかさすけさん凄い…!
花ちゃんが見せてくれた袖の中には小さなひょうたん(中にお神酒入ってるんやって)とチロルチョコサイズの小さな箱(お米とお塩が入ってるんやって)が二つ。 へー。 すごい便利ポケットなんやねぇ。
てゆうかさすけさん凄い…!!
「いやいやそうやなくて。」 「きゅ?」 「ほらほら花ちゃん、しめ縄。」 「!!」
さすけさんポケットに驚いてる場合やないよ。 本来の目的を見失ってしまうよ。 花ちゃん俺しめ縄見つけたよ。
真ん中の紫色の垂れ幕の後ろ、垂れ下がったおっきいしめ縄はかたっぽが天井から落ちてほどけてるん。 岩とか土とかがその上に乗っかってるからきっと昨日の雨で崩れてしもうたんやろうねぇ。 しめ縄。 …俺と花ちゃんが力を合わせたところでどうにかなるような大きさやないけどねしめ縄…!
「花ちゃんどうするー?」
俺の想像では片方を花ちゃんが持って、片方を俺が持ってぐるぐるねじってったら直るとか思ってたんやけど、とてもそれができるような大きさやないねぇ。 …政宗様が連れてってくれたすりあげ原にある龍の石像の首ぐらいの太さ持ってるよしめ縄。 どうするん花ちゃん…!
「きゅ?」 「やぁ、その顔ちょう可愛いー。」 「なにいってんだまきお。」
だいじょうぶだあんしんしろ。 おれをなんだとおもってるんだ。 いなりだぞ! いなりはこのはらえぐしで何だってできるんだ!
「はらえぐし?」
そう言って花ちゃんが出したのは紙でできた………はたき? え、はたき? はらえぐしってはたきの事?
「はたきじゃねぇ。」 「あっちょっ花ちゃんそんなつつかんとって!」
痛くないけどこちょばい! ちょっと怒ってるんはわかったからごめんー!
「これはしんせいなどうぐなんだぞ。」 「ういうい。」
ごめんな花ちゃん。 背中(とゆうか脇腹)をその「はらえぐし」で突っついてくる花ちゃんに謝ってしめ縄のところに行って。 「しずかにしてろよ」って耳としっぽを立てた花ちゃんの頼もしい背中を見守った。
何でもあれを振ったらしめ縄がこう、ひとりでにうねうねと締まっていくらしいよ。 自分で元通りに戻るらしいよ。 お稲荷様マジックやねんで。 すごいでなー。
「ぬー。」
花ちゃんの方を見たら何や難しそうなお祈りの言葉が聞こえてくる。 飛んだり跳ねたりしてたまにお神酒をしめ縄にふりかけたりして。 それを何回も繰り返してたら、突然やぁ。 目を瞑って「はらえぐし」を振ってる花ちゃんの周りが段々と光り始めて、ほの暗い洞窟がオレンジ色に包まれたん。 静かにしてろよって言われてたから俺は今にも出そうになった声を呑み込んで、じっとその光を見る。 じっと見てたら今度はしめ縄が宙に浮いたん…!
「花ちゃんすごい!!」 「きゅう、もうちょっとだ。」
思わず俺、声立ててもうたよ! やってあんな巨大なしめ縄浮いたんやで! しめ縄が浮いてな、ほどけてた端っこが元に戻っていくん。 しょんぼりしてた藁がまっすぐに伸びて、束になって、ひとりでにほどけてたとこを編んでいって、最後には浮いたまんま元にあったとこにまで戻って行ったん…!
ええまじで! 花ちゃんすごい! お稲荷様っぽい! お稲荷様やけど…!
花ちゃんがまたはらえぐしをパタパタ振る。 お祈りの言葉と一緒にお塩とお神酒がしめ縄にかけられて、オレンジ色の光が小さくなっていった。 洞窟が元通りうす暗くなってから花ちゃんに「終わり?」って聞いたら「きゅう」って。
「ぬー!花ちゃんすごいー!!」 「わぁ!」
とつぜんどうしたまきお!! ちっちゃな手で額の汗をぬぐってた花ちゃんを捕まえてぎゅう。
花ちゃん俺ちょっと感動したー。 改めて感動したー。 花ちゃんが凄くって俺もうびっくりよー。
ぐりぐりぐりぐり花ちゃんの頭を撫でて。 すりすりすりすり花ちゃんのほっぺたにすりよった。 花ちゃんが逃げようとするけど逃がしませんー。 俺は感動してるんですー。
「きゅう…」
なんなんだまきお。 さっきまでしずかだとおもったら。 ほらほらてをはなさねぇか。 かえってかんみをくうんだろう?
花ちゃんが俺の頭をぺしぺし叩いてるけど痛くもかゆくもありません。 プリティーなもみじの手…!! ぷにぷにしてて気持ちいいん。
「…まきお。」 「ぬ?」 「おまえゆきむらににてるな。」 「ぬーん…!」
ええ、まじで。 ちょっとそれは衝撃。 けっこう衝撃。
やってゆきむらさんって、さすけさんにいっつも怒られてる人やろう。 そんでもって今まで聞いた話の中ではせちがらいポジションにおる人やろう。 俺と似てるってそんなまさかー。 ないってー。
なでなでなでなで。
「ぬー…耳と耳の間を撫でるのちょう気持ちいいよねー。」 「そっくりだおまえら。」
ひとのはなしをきいてねぇとことか。 おれのみみとしっぽをはなさねぇとことか。
「まじで…!!」
やだわー。 しんがいだわー。 俺のこれは花ちゃんに対する愛なのにー。 そらぁゆきむらさんかって花ちゃんに対する愛やろうけどー。
ぶう、って膨れながら花ちゃんを地面に下ろした。 俺は花ちゃんの嫌な事はせぇへんもん。 花ちゃん大好きやもん。
「おれもおまえのことすきだぞ、まきお。」 「ほんま?」 「きゅう。」
ぬー。 やったら俺ら両想いやね!
花ちゃんがにっこり笑ってくれるから俺の機嫌は簡単に直ってしまうん。 俺もにっこり笑って、花ちゃんが土地神様にお祈りしてる横で同じように手を合わせた。
土地神様、土地神様、しめ縄直ったからゆっくりお休み下さいねー。 お塩とお神酒、ご飯もあるからどうぞー。 この森のお稲荷様はしっかりしててとっても素敵なお稲荷様ですー。
「よし、かえるか!」 「ういうい!」
花ちゃんと顔を見合わせてまた手を繋ぐ。 ひと仕事終えた花ちゃんもお疲れ様。 さぁさぁ帰って甘味を食べて、境内の掃除をしましょー。 その後は二人でお昼寝しましょー。 ぬう、至福。 花ちゃんのもっさりしっぽをだっこしながらお昼寝とか至福。 ではでは土地神様さようなら、って洞窟出ようとしたんやけどな。
「きゅ、」 「ぬ?花ちゃん?」
花ちゃんの耳としっぽがぴくん、って揺れた。 揺れてまっすぐに伸びてるん。
あれ、花ちゃんどうしたん。 そんなお鼻ぴくぴくして。 何か変な臭いする?
「まきお、」 「うん?」 「いわやのおくからな、」 「うん。」 「ちのにおいがする。」 「ぬ?」
可愛い花ちゃんが真剣な顔で洞窟の奥を睨んでる。 花ちゃんはお稲荷様やから鼻もきくんやろうか。 俺は全然そんな臭いせぇへんのやけど。 くん、って俺も鼻を動かしてみた。 けど洞窟の湿っぽい臭いがするだけで、やっぱり全然全く血の臭いなんか分かれへんの。
なぁ、花ちゃん。 ほんまに血? 苔の匂いとかやなくて?
「…これはちだ。」
まちがいねぇぞ。 たまにゆきむらやさすけからにおってくるにおいだ。 そのたびにてあてをしてやるのはおれなんだぞ。 あいつらは、なんべんきをつけろっていってもききやしねぇ。 まったくしんぱいしてるおれのみにもなってみりゃぁいいんだ。
「花ちゃんどう、どう。」
ぷん、って怒ってる花ちゃんはちょう可愛いけど、ほんまに血の臭いがするんやったらちょっと穏やかやないよ。 くんくんくんくん、鼻が動いてる花ちゃんは洞窟の入り口からまた奥へ戻ってしまう。 祭壇があったところの後ろ、しめ縄がぶら下ってるところのその向こうへ。 いつの間に出したんか火の玉みたいな炎を明かりにして行ってしまう。
「花ちゃん、あぶないで。」 「だいじょうぶだ。」
でもまきお、おまえはねんのためそこにいろ。 ここからさきはとちがみさまのりょういきだ。 にんげんがはいったらどうなるかおれにもわかんねぇ。 とちがみさまはひとをきずつけたりしねぇはずだけど、もしなんかあったらたいへんだからな。
手を振って花ちゃんは奥に行ってしまうけど、俺はちょっとどきどき。 やってあそこの奥、鬼ヶ島があるってゆうてたんやで。 ほら花ちゃんが。 鬼ヶ島。
「ぬん…」
何それ俺もちょっと見たい…! あわよくば本物の鬼さんに出会ってみたい…! やって鬼さんっておとぎ話の中だけしか見たことないやん。 眉毛つながった赤い顔のムキムキ鬼さん。 本物って実はそんなん違うかも知れやんやん。 何せ土地神様やし!!
って、事でー。
「俺も行く花ちゃん!!」 「きゅ?」 「ほらほら行くでー。」 「まきお!?」
花ちゃんの手を掴んで抱き上げて。 鬼ヶ島へ続く洞窟をれっつらごう! じたばた暴れる花ちゃんは気にしないー。 おまえはここにいろなんてしっぽで叩かれても痛くないー。 俺も一緒に行くよ! 鬼ヶ島!
「ほんきか!?」 「ういうい。」
さー花ちゃん行きますよー。 血の臭いもするんやろう? もしかしたら神様怪我してるかもしれへんよ。 手当してあげやなあかんかもよ。 俺もお手伝いするからねー。
びっくりした顔の花ちゃんをぎゅっとだっこしてね。 進む洞窟の奥からは冷たい風が通り抜けてくる。 少しずつ狭くなってるけど、俺と花ちゃんやったら大丈夫やで。 花ちゃんが出してくれた火の玉あるし。 これ、俺らの横におってずっとついてきてくれるん。
「心強いー。」
突き出た天井に気をつけて、どんどん進む。 腕の中の花ちゃんが何だか機嫌が悪いんはきっと俺の事を考えてくれてるからなんやろうなぁ。 「あぶねぇっていってるのに」 「まきおはほんとうにひとのはなしをきかねぇんだ」 「まったくけがしてもしらねぇぞ」 ぷんすかほっぺた膨らませて呟いてるん。 その度に「ごめんなー」って謝って、やっとお許しが出たぐらいに辿り着いた洞窟のどん詰まり。
…やぁ、どん詰まりってゆうかまさかの大ホールってゆうか。 大ホール。 洞窟の一番奥(奥よなぁ?多分)なんやけど、ここだけ天井見上げてもそのてっぺんが見えやんぐらい高いし、めさくさ広いし。 え、ここどこ?
「花ちゃん…」 「きゅう…」
洞窟の奥ってこんなんなってたんやねぇ。 おれもはじめてみたぞ。
そんな会話をしながら土地神様いらっしゃいますかーってきょろきょろ。 花ちゃんが血の臭いがここで止まってるってゆうからきっとここにいるはずなんやけど、ちょっと暗くってやぁ。 花ちゃんが出してくれた火の玉だけやったら全体を見渡せやんってゆうか。
「ぐるっと回ってみようか。」 「あしもときをつけろよ。」
大丈夫大丈夫。 ここ、何や他と違って下が平べったいから多分つまづいたりせぇへんと思う。 安心して。 でも花ちゃんに心配かけたらあかんからゆっくり壁沿いに歩く。
てくてく。 てくてく。
花ちゃんはずっと鼻ひくひくしたまんま。 何か変なかんじのとこあったら教えてなー。 きゅう。
てくてく。 てくてく。
何にもないねぇ。 きゅう…
てくてく。 てくてく。
「土地神様おらんのかなぁっ!?」 「まきお!?」
ええ、何いまの! 何か踏んだ。 突然何か踏んだ俺今…!! 何の前触れも無く踏んだ…!! 丸太みたいな何か踏んだ!! 踏んで滑った…!!
「ぬーん!!」
花ちゃんをかかえてたから俺は両手をつく暇が無くて顔面からまっさかさま。
ええこれまじで。 顔面岩に打ち付けるんちがうん。 変な怪我とかして帰ったらこじゅさんにも政宗様にも怒られるんやけど…! なけなしの反射力で顔を横向けて花ちゃんを抱き締めて、そろそろ来るやろう痛みにぎゅっと目を閉じた。
「……何だぁ、テメーは。」 「ぬ?」
でも衝撃は無くて。 激痛も無くて。
やぁ、何かにはぶつかったからちょっとは顔痛かったんやけど。 何でか俺と花ちゃんしかおらん洞窟やのにちょっとハスキーな声が聞こえてきたりして。
…… ………
「……ぬ?」
なぁなぁ、花ちゃん。 きゅ?どうしたまきお。 あ、転んだ時大丈夫やった? 怪我してへん? きゅう。 だいじょうぶだ。 ぬうぬう、ほんならちょっと俺の頭の上らへんをこの火の玉で照らしてくれへん? ほら、この丸太の上。
「ここか?」 「うぃ。」
花ちゃんが俺の膝の上で両手を高く上げた。 そうしたら掌の中にさっきみたいなオレンジ色の光が二つ。 ふよふよ浮いて俺の頭の方へやってくる。 そうそうもうちょい上な。 あ、うんそこでめらっと燃えてみてー。
花ちゃんに頼んだらそのオレンジの光がぼうって大きくなって視界が明るくなる。 ごつごつした岩肌が見えて、何や水たまりみたいなんも見えて、がっちりした手が見えて。
「………ぬ?」
……手? それからその更に上には。
「…何で人間の餓鬼がこんなとこにいやがるんだぁ?」 「………ぬ?」
見たことも無い銀髪のごっついお兄さんが頭から血ぃ流しておまけに体も血だらけで俺と花ちゃんを見降ろしてました。 その血の量もはんぱやなければ、俺を見てる目つきもはんぱやありません…! なにこれどこのやから…!!!
「にょぉぉぉぉぉ!!!」 「どうしたまきお…!」 「リアルにんきょう…!!!」 「あ、おいテメーらどこ行きやがる!!」
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キネマ主が叫んだのはびっくりしたからで、怖かった訳ではありません(笑) 暗がりに血だらけの目つきの悪い(ように見えた)輩がいたのでびっくらこいたのです。
次回はやっとアニキとお話ができそうです。 長かった…!
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