05



「我らは席を外します。」
「え、」
「酷い事言われたらさっちゃんが飛んで行ったげるからね。」


ほら、鴨田さんもこっち来ようね。
真樹緒と風魔、大事なお話だから。


「ぶも。」
「偉い偉い。」
「あー!鴨田さーん!」


小さな頭を撫でて、俺と旦那と鴨田さんは部屋を出た。
真樹緒の目が驚いて揺れてしまったけれど、こればっかりは仕方がない。
旦那がああ言うんだし、何てったって真樹緒本人がねぇ。
風魔が来て嬉しくて仕様がないって顔をするんだから。
きちんとお話しなさいよ。


「で?旦那、これからどうするの。」
「うむ!」


旦那を見れば何だか満足そうに頷いていた。
部屋から出たもののあのまま二人を放って置くつもりは俺も旦那も更々無くて、俺達はこっそり真樹緒達のいる部屋が見える庭先に潜んで中の様子をうかがっている。
風魔あたりは気付いているはずだけれど、きっと当人はそれどころじゃないだろうしねぇ。


未だ一歩も動けず庭にいる風魔を見ているともどかしい反面、気の毒になってくる。
「追いかけて来るな」という真樹緒の命に背いて(まぁ、本当は来て欲しかったんだろうけど)やって来た事には感心するけど。
真樹緒はあれで結構頑固だから風魔を前にしたら拗ねたまんまだろうし。

焦れったいったら。


「じき政宗殿らもお着きになるであろう。」
「え?独眼竜来るの!?」
「何を言うか!」


いつも真樹緒殿の事を考えておられる政宗殿であるぞ!
それに此度はその真樹緒殿といつも仲良い忍殿との一大事である。
必ず後を追って来られよう!


当然の様に言う旦那に肩を竦めた。
ええー。
来るかなあの人。
そりゃ独眼竜の溺愛っぷりは今に始まった事じゃないけどさ。
仮にも殿様なんだから。
城離れていいの。


「…そんなに奥州は暇なのかねー…」
「Ah?その科白、そっくりそのまま返してやるぜ。」
「おお!政宗殿!」
「やだ、本当に来たの!」


当然だろと肩を竦めて独眼竜は庭石の後ろから現れた。
真樹緒達の方を見て首尾はどうだと言うけれど、そんなのねぇ。
これからだっていうのに。
肩を竦めれば舌打ちをされて。


「ちょっと何で俺様がそんな顔で舌打たれなきゃなんないのさ。」


言っとくけどうちだって暇な訳じゃないんだからね。
今回は大事な大事な真樹緒だからこんな風なだけで。
いつもはちゃんとお仕事あるんだよ。


ってゆうか。
奥州から甲斐まで馬走らせたあんたに言われたか無いんだけど本当に。


「口を慎め忍。」
「右目さんまで着いてきちゃって。」


いよいよ奥州が心配だね。
じろりと睨んでくる右目さんに手をひらひら振って笑ってやった。


主の暴走を止めるのはあんたの役目じゃなかったっけ?
それこそてめぇにゃ言われたかねぇな。


………
…………


うっわぁ、認めざるを得ないところが辛いよね。


これでも苦労はしてるんだけど。
呟いて真樹緒達に目を戻した。
小さな声が聞こえて来る。


「…こーちゃん追いかけて来たらあかんってゆうたのに…」


何でおるん。


そんな憎まれ口をきく真樹緒はでも頬を赤く染めながらちらちら風魔を気にしている。

やれやれ。

嬉しいならそう言えばいいのにあの可愛い意地っ張りはじっと静かに手を膝の上で握ったままだ。
風魔も風魔でやっぱりその場から動かず真樹緒を見つめているだけで。
(あの伝説の忍が緊張なんてものをしているとしたら驚きだ)


「Shit…焦れってぇ。」


そこで抱き締めるだけの甲斐性はねぇのかあいつは。
それで万事解決じゃねぇか。


「誠に。」


無理を申されますな。
貴殿ではないのですぞ。
ですが何とかならぬものでしょうか。
折角忍殿も来られたというのにあれでは何も解決致しませぬ。


全く本当にその通り。
一体どれだけあのままでいるつもりなんだか。
いっそ背中でも押してきてやろうか。
ほら、風魔の。
溜め息を吐いたその時だった。
風魔がすうっと動いて真樹緒の側に寄り添ったのは。


「あら。」
「動いたな。」


眉間に皺を寄せた右目さんが言うように風魔は真樹緒のすぐ側にいる。
首を垂れたままじっと微動だにせずひたすら真樹緒からの言葉を待っている。
真樹緒はというとやっぱり口をつぐんでもじもじと。
それでも唇を尖らせて目を泳がせているのはきっと真樹緒の我慢もそろそろ限界だからだ。
今にも風魔に飛び付きたいんだろう。


そりゃあねぇ、真樹緒はこーちゃんの事が大好きだもんね。


「…こーちゃん…」

「…」

「こーちゃんは俺のお嫁さんなんやから、浮気はしたらあかんねんで。」

「(こくり)」


やっだ、何今の真樹緒ちょう可愛い。

「静かにしねぇか忍。」


だって見てよ右目さん。
真樹緒がほっぺた膨らませて浮気しないでとか言うんだよ。

お嫁さんの件は後で詳しく聞くとして。

もう何なのそのお願い。
真樹緒がいるのに浮わついてられる訳無いじゃない。
どこかの誰かさんじゃあるまいし。


ヒュッ


「おっとぉ。」


眉間に飛んで来た苦無を受け止めて眉を上げる。
くるりと指で遊ばせながらじわりと伝わるのは殺気。
やだねぇ。
そんな事してる場合じゃないでしょーに。
余所見なんていてていいの。


「なら余計な事言うんじゃねぇ猿。」


真樹緒と風魔が和解出来なかったらてめぇ、ただじゃおかねぇそ。


「佐助!」


今大事なのは真樹緒殿と忍殿との話し合いだと申したであろう!
水を差すな。


「はいはい分かってるって。」


ちょっとからかっただけだって言うのに旦那と独眼竜は怖い顔で俺様を睨む。
あー、やだやだ。
これだから冗談の通じないお方達は。
隣の右目殿には溜め息を吐かれるし全く。
俺様が悪者みたいじゃないさ。


肘をついて真樹緒達を見た。
俺に苦無を投げたなんてそんな素振りも見せず真樹緒に触れるぎりぎりの所で風魔は控えている。


「こーちゃん、俺に帰ってきてほしい?」
「(こくり)」
「…ほんまに?」
「(…こくり)」


あの僅かな距離に風魔の意気が見えた。
主の命を違えてやって来たくせにそんなところは忍でもどかしい。
真樹緒はきっと待っているのに。
触れて欲しいとあんなにねだっているのに。
ほら、あんなにじっと風魔の事を見て。


………
…………


や、あれは何か企んでる顔だね。

大体の想像はつくがな。


ああ、うん俺も。
ああ言う真樹緒見たことある。
大概が可愛らしいおねだりなんだけど、たまに本当にこっちがびっくりする事を思い付いたりした時にあんな顔するよね。
悩んでると見せかけて。
悩んでると見せかけて。


「…ほんなら、」
「……?」


嫌な予感と胸騒ぎは半々だ。
風魔を見て、逸らしてまた視線を戻す真樹緒を見ていれば案の定。


「……」
「?」
「こーちゃんが、」
「(…、こくり)」


こーちゃんが、ちゅうしてくれるんやったら帰ってもええかなー…とか、」

「!!」


あとぎゅうも。
ぎゅうしてちゅうして、こーちゃんが俺と一緒に寝てくれるんやったら俺奥州に帰る。
どお!
こーちゃん俺本気やでどお!!



………
…………


いやいやいやいや!


ちょっと真樹緒!
それは俺が許さないよ…!
百歩譲ってまぁ独眼竜相手ならまだしも風魔とは俺様がやだ!
同じ忍として何かやだ!
狡い…!
甲斐のお母さん差し置いて!


「うるせぇぞ猿。」
「…何で一番文句つけそうなアンタがそんな余裕なの。」


釈然としない俺様。
後ろで静かにしろなんて言ってくる独眼竜は涼しい顔で俺を見下ろしている。
心外だと言わんばかりの目が癪だ。
何俺がおかしいの。


「kitten共のじゃれ合いにいちいち歯を剥いていても仕方ねぇだろう。」


あいつらはいつもあの調子だ。
あれと更には子鴨を加えてどこにいてもべたべたべたべたと。
寄り添っていない時の方がおかしいくらいだ。

なぁ、小十郎。


「は、」


人目も憚らず始終ひっついているのは政宗様とよき勝負で。
一度離したらどうなるのかと試しにひっぺがしてみた事がありましたが、逆に真樹緒と風魔がへばりついて来て動けなくなったので二度とやりますまい。


本当、毎日楽しそうだよね奥州。


羨ましいよ。
ねぇ旦那。
ちょっと本格的に真樹緒をうちの子にする策でも練ってみない。


「うむ、中々心揺さぶられる誘いよ!」
「Ha!」


誰がやるかよ!
可笑しそうに笑う独眼竜と旦那の声を聞きながら不貞腐れても目の前の真樹緒と風魔はもう仲直りしたかの様に睦まじくくっついて。

「こーちゃん早く!」
「……、」


たっぷり(それこそこちらが気の毒になるぐらい)唸っただろう風魔は、顔を近づけると真樹緒の額に口付けた。


えぇ!こーちゃんそこ!?
「(こくり)」
「ぬー…普通口ちがう?」
「(ふるふる)」


真樹緒と同じツッコミをして、それでも少し胸を撫で下ろしたのは内緒だ。
ほら、さっちゃんお忍びさんだから!

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