「それでな、その時こーちゃんがな、」 「何と誠ですか。」 「それがほんまなんー!」
信じられる!? こーちゃんその子の頭撫でたんやで! もう、俺それ見た瞬間お腹がむかむかやねん!
可愛らしい眉をきゅっと寄せ、両手を力一杯握り締めながら某の膝に乗る真樹緒殿は大層ご立腹のようで、息つく暇も無く奥州であった出来事を話される。
「それで甲斐に参られたと。」 「そう、家出なん。」
やから暫くおってもええ?などと首を傾げられる様には思わず口元が緩んでしまった。
越後にやっていた佐助が帰ってきたのは某が鍛練を始めたつい先程の事だ。 佐助にしては遅い帰りに首を捻ったものの、珠にはそのような事もあるだろうと報告に参るまで再び槍を振るった。 朝昼晩の鍛練は欠かすことの出来ぬ日課である。 精神を統一し、無心でただひたすらに槍を振るい己を高める。 これ程身の引き締まる時は無い。 武田の為、お館様のため、この幸村必ずや日の本一の武人に…!
そう決意を改めた時だった。
「ゆっきー!!」 「む?」 「ゆっきー!お久しぶり!」 「おお…!真樹緒殿!」
真樹緒殿が某の腹に飛び込んで来たのは。
驚き目を瞬けば可笑しげに手を振る佐助が見えた。 何とこれはどういう事だろう。 下を見ると真樹緒殿が「ゆっきーゆっきー」と胸に顔を擦り付けておられるし(ふわふわと揺れる髪に思わず手を伸ばしそうになったが、槍を持っていたので叶わなかった)佐助は佐助で、「凄いお土産でしょ?」とからから笑う。
ああ確かにこれ程仰天するものは無い。 真樹緒殿は普段奥州においでで、かの伊達政宗殿が側に置きひとたびたりとも離さないという何ともうらやま、いや得難いお方なのである。 某とてもし真樹緒殿が側にいて下さるなら片時も手離さぬ自信はある故、それは何も可笑しな事ではござらん。 其ほどまでに真樹緒殿はお可愛らしく温かく、共におればこちらまで心地良くなる程の、
「はいはい旦那、分かったから。」
「むっ?」
「いつまでも真樹緒を腹にくっつけたまんまじゃいられないでしょ。」
「やぁ、俺はこのまんまで大丈夫やけど。」
「俺様がやなの。」
さぁ、屋敷に入るよと遮った佐助に真樹緒殿をひっぺがされてしまったのだが、部屋に上がりゆっくりと茶を飲まれ、ここに来られた経緯を話す内に何を思い出されたのか可愛らしい顔をくしゃくしゃにして真樹緒殿は再び某の膝に戻られた。 聞けばかの伝説の忍と仲を違えてきたと申される。
「いつもは仲がよろしいですのに。」 「こーちゃんは俺と違う人と仲ええんやもん。」
ぷーんだ。
頬を膨らませる真樹緒殿は某の膝の上で大層腹を立てられている。 これは珍しい。 目を見開き、どういう事か詳しく話せと佐助を見れば、相変わらず可笑しげに笑いながら茶菓子を運び。
「風魔が真樹緒の知らない人と楽しそうだったから妬いちゃったんだよねー。」
本当、可愛いったら。 側に来て真樹緒殿の頭を撫でて行く。 そう言えば先に、己もこのふわりとした髪に触れたかったのだと思い出した。
「嫉妬にございますか。」
佐助を羨んだ訳では無いが目の前で揺れる髪はやはり魅力的で、思わず佐助が撫でたそこをゆるゆると混ぜた。 思った通り柔らかくて口元が緩む。
「愛らしい真樹緒殿からの嫉ならば伝説の忍も男冥利に尽きるというもの。」
某からすれば羨ましい限り。 それはあくまでも某が思うところで、忍殿の肩を持つという訳では無かったのだが。
「…違うもん。」
こーちゃんが浮気したんやもん。 俺別にやきもちとかやいてへんし!
「…ゆっきーはこーちゃんの味方なん?」
唇を尖らせて見上げられてしまい、慌て首を振る。
「いえいえ滅相も無い!」
味方と言うならば某はいつだって真樹緒殿のがわに。 真摯に目を見つめて見せたのだが、笑ったままの顔に説得力が無かったのだろうか。 「もうゆっきー!俺、真剣なんやで!」と、たしなめられてしまった。
それは真樹緒殿の何事にも一生懸命な様がいじましく愛らしく、己の胸をほこほこと温めるものだから思わず緩んだからで、決して真樹緒殿の言葉を軽んじたつもりはなかったのですが。 言い訳をするにしてもやはり口元が緩んでしまって様にならなかった。
「俺としてはいくらでもいてくれて構わないんだけど。」
「やぁほんまに!?」
そりゃもう大歓迎。 いっその事、家の子になんなよ真樹緒。
「佐助。」 「えー、だめ?」
満更でないどころか本気で言う佐助に頷きそうになるのを堪え軽く睨んでやる。 勝手な事を軽々しく申すな。 緩んでいた口元を引き締めた。
「ゆっきー…俺、甲斐におったらあかん…?」 「いえ、そうでは無く。」
眉を下げて悲しげに揺れる真樹緒殿の目は少し潤んでいた。 それを見てきゅう、と腹が波打つのに苦笑いして何と浅ましい事よと己を叱咤する。
いいえいいえ違うのです。 聞いてくだされ真樹緒殿。
真樹緒殿が甲斐におられる事に些かの問題もありません。 喜びこそすれどうして拒む事がありましょう。 腕の中の温かい存在にどれ程今己が満たされているか真樹緒殿はお分かりか。 頼られていると、甘えられていると、夢でも見る心地にございます。 貴方を守らねばと、この某が一人前の男にでもなったような、くすぐったくも誇らしく胸を張りたくなるのです。
ですが。
「ゆっきー…?」
「真樹緒殿は忍殿の事を好いておられるのでござろう。」
「っ!!」
それならばやはり某は仲直りをされた方がよろしいかと存じます。 寂しいと、会いたいとお顔に書いておりますれば、早々に忍殿とお話をすべきではないでしょうか。
じ、と真樹緒殿を見れば、その大きな目を泳がせて「あ、う」と小さくどもりながら俯いてしまわれた。 落ち着いてゆっくりとお考えを。 背を撫でゆるりと抱き締めると「旦那、役得」と佐助が睨んでくる。
何を言うか。 心外であるぞ。 お前は奥州から甲斐までの道中真樹緒殿を独り占めしておったのだろう。
「俺もその位置がいいなー。」
諭したり、甘やかしたりしたい。 ほら、俺甲斐のお母さんだし。
「譲れ。」 「ちぇー。」
ほら、真樹緒。 さっちゃんの腕も空いてるよ。 いつもみたいに飛び込んで来な。 腕を開き「おいで」と呼ぶ佐助に背を向けた。
「ちょっと!旦那ばっかりずるい!」
叫んでいるが構わない。 某と真樹緒殿の話しはまだ終わってはおらぬのだ!
「真樹緒殿、」 「……なん…」
もし真樹緒殿が忍殿とよく話されて、それでも尚その者があるまじき態度であるのなら。
「…ぬ?」
ゆっきー? あれ? ちょっといつもと雰囲気ちがう?
……… …………
あれ?
「この真田幸村、全力を持って伝説の忍と対峙しましょうぞ。」
「え?ゆっきー何のおはなし?」
真樹緒殿にその様な顔をさせ、家出を決意させたというそれだけで理由は十二分。 今後一切真樹緒殿に触れえぬ様まみえぬ様目にものを見せてくれる。
「覚悟は良いか。」
不意に揺れた気配は庭に。 じっと動かずにそこにある。 素知らぬ顔で、首を傾げる真樹緒殿に笑みを。
「やだ、意外に早かったね。」
もっと真樹緒といれると思ったのに。 残念。 肩を竦める佐助に満足して共に笑う。
「うむ。」 「ゆっきー?さっちゃん?」
さぁ、ここからが本番にございますと、真樹緒殿を膝から下ろし立ち上がった。 某共はいつまでも真樹緒殿の味方。 それをお忘れになりませぬよう。
「よく参られた。」
障子を開けばそこに伝説の忍が息をきらせて佇んでいた。
「っこーちゃん!?」
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破廉恥じゃない旦那って難しい…! キネマ主相手だとお兄ちゃんな幸村さんでした。 励まし、諭し、もし何なら敵も取るぐらいの(笑)
幸村さんとキネマ主がもし兄弟なら、弟の彼氏は絶対に認めない面倒くさい兄貴になりそうだ。 彼氏が小太郎さんなら無言のやりとりですが、政宗様だったりしたら玄関入るだけで毎回家が破壊するぐらいの攻防ですね(何のはなし!)
次回は小太郎さんとキネマ主。 もうすぐ完結します!
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