川に臨む、山肌から突き出た岩の上で水鉄砲を持ちきょろきょろと首を動かしていれば、背後から息を潜めたような気配がした。
「…」
後ろにいるな、と風魔は思った。 元々、どこにいたとしてもその気配を見逃すことなどありえないが、今は「お忍びさんの力は使ったらあかんねんでー」と主から言われている。 ここで振り返っても良いものか。
「…、」
小さな主が「ぬすっととたんてい」ごっこをしようと言い出したのはつい先程の事だ。 どんな遊びかと首を捻ってみれば「おいかけっこをしながら水鉄砲を当てる」のだと言う。 主にそんな事はできないと言っても聞いてはもらえず。
「濡れるのがおもろいんやんー。」
やから当ててやー。 俺もこーちゃんに当てるからなー。 と、眩しい程の笑顔で肩をぽんぽんと叩かれ。 躊躇ってはいたが、水を浴びた主がとても楽しそうに笑うのでもう余計な事は考えない事にした。
「…」
風魔はもう一度背後を伺った。
するとどうやら主はさっきよりも少し自分の方に近づいてきているようだ。 木々に隠れながら山を登って来たのだろうか。 ひっそりとこちらを狙っているのが痛いほど分かる。 背中がちくちくと痛い。
思わず笑みが漏れるのはその真剣さが愛しいからで。
「…」
思い切って振り返ってみようか。
多分、肩を揺らして驚くであろう主はとても可愛らしいと思う。 己に水鉄砲を命中させた時の顔と、どちらがより可愛らしいだろうか。 比べてみるものいいかもしれない。 緩んだ顔を引き締めた。
暫くじっとそのままの姿勢を保ち、気づいているそぶりを少しも見せず風魔が小さな足音に耳を済ませれば。
「ぬきあしー。」 「……」 「さしあしー。」 「……」 「しのびあしー。」
「……」
やや控えめな声量ではあるが。 少しも忍んでいない主の声がはっきりと聞こえた。
「こーちゃん覚悟ぉぉぉ!!」
ばしゃり。
「…」
一歩も。 一歩も動くことが出来なかったのは決して己の所為などではない。
「やったー!!」
こーちゃんずぶぬれ!! びっくりした!? 俺おったん気づかんかった? ぬきあしさしあししのびあしで頑張ってんで!!
「……」 「ぬ?こーちゃん?」
どうしたんこーちゃん。 ちょっと疲れてもうた?
タイムにしよか? それか二人ともめっさ濡れてるし、日向ぼっこする?
「…、」 「?こーちゃん?」
自分の主の無垢さが恐ろしい。 けれどそんな主に腑抜ける程参っている自分も恐ろしい。
ずぶぬれになった髪の毛をかき上げながら、言様の無いやるせなさと複雑な心境を抱えて風魔は楽しげに笑う真樹緒の頭を撫でた。
「(なでなで)」 「ぬー?」
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