「さぁて…」
これからどうしたものか。
「かくれんぼ」とやらは鬼が数を数えている間に己の姿を隠しておかなければならない遊戯らしいく、真樹緒が数を数え始めてすぐに主を始め各々は庭から離れて行った。 しかしおよそ己に身を隠す場所など見当があるはずもなく足の向くまま歩き続けたどり着いたのは、常日頃から手入れをしている畑だった。
「…」
ふう、と息を吐いて頭をかいた。 何故こんな事になったのか。
そもそもの原因は真樹緒が甲斐に向けて「かくれんぼ」とやらの誘いをかけたからに他ならない。 一度は駄目だと叱り付けた。 けれど。
「…」
いつもなら口に出した事は違えぬのに。 他国の者まで巻き込んでここは咎めて然るべきだったのに。
どうして許してしまったのか。 俺が子供の遊戯など。
「ざまぁねぇ。」
ああ全く。 どこまで俺はあの子供に甘いのか。 く、と笑みが漏れた。
そう言えば最近何かと忙しなく、まともに真樹緒と顔を合わせていなかったのを思い出す。 始終構い倒していた主でさえこの頃はそんな僅かの暇も無く。 己は己で城を空けている事が多かった。 それも真樹緒の大事な忍を伴って。
咎められても仕方が無いのはこちらの方だ。 なのに文句の一つも言わず一人小さく丸まって寝ている真樹緒の寝顔に、主共々苦笑いをしたのは思い返すに久しい。
「参るぜ…」
本当に、主の事を言えやしない。 己とて溺愛ではないか。 顔を覆い思わずしゃがみこんだ。
いつの間に。 いつの間にこんなに大きな存在になったのだろう。 それこそ余りにも今更すぎて思い出せやしない。
「…」
溜息なんだか自嘲なのかよく分からない息を吐いて目の前の畑を眺めた。 そろそろ牛蒡と里芋が収穫時で、日を見て真樹緒に声をかけてやろうと思っている。 顔中を泥だらけにして畑を走り回る事だろう。 そしてきっとその後は主の、己の、腕の中に何の躊躇いも無く飛び込んでくるのだろう。
花でも咲くような満面の笑顔で。 ああ、目に浮かぶようだ。
「くく…」
思えば真樹緒がどうやったら笑うのかと、そればかり考えいてるような気がする。 それもこれもあれがあんな顔をするのがいけない。 泣きそうな、縋るような。 結局己だってあの目にえらく弱いのだ。 本当にざまぁ無い。
真樹緒がしたいと言うならば、それであの笑顔が見れるのならやってやろうじゃねぇかかくれんぼだって何だって。
「何て事ァねぇ。」
さぁて、腹が据わったところでいよいよ「かくれんぼ」とやらの事を考えなければならなくなった。 つい先ほど庭で真田幸村の声を聞いたが、あれはきっと真樹緒に見つかったのだろう。 それからすぐに静かになったところから考えれば今は屋敷の中か。
忍共は城の屋根の方で騒がしくしていたのを見た。 ならば政宗様か、成実か。 どちらかが見つかっているかもしれない。
「…さぁて、どこに隠れるか。」
見渡せど、そこにあるのは手塩にかけて育てた作物達だ。 まさかこいつらの影に隠れる訳にもいくまい。 畑の奥には田園と水車がある。 まずはそこにでも行ってみるかと立ち上がった時だった。
ブモー ブモー
…… ………
「……あ?」
足元に鴨が。 あの真樹緒がよく連れている子鴨が。
「……お前、今日はこんな所にいたのか。」
どこにもいねぇと思ったら。
「ぶもも。」
子鴨を掌に乗せてやると飼い主と同じように小さな体を目一杯使って擦り寄ってくる。 本当にお前らはそっくりだな。 思わず口元が緩んだ。
お前の事だから真樹緒を探して共に「かくれんぼ」をしていると思ったが。
「ぶもー。」 「あ?するのか?」 「ブモッ。」
「…、」
ならば共連れにと肩に子鴨を乗せた。 機嫌がいいのかブモブモと鳴く子鴨と共に、さぁ田園の方に行くぞと踵を返す。 落ちるなよと目をやればまた「ブモ」と。
「くく…」
いい返事だ。
さぁ、お前の飼い主が来る前に畑を出るとしよう。 たかが子供の遊戯といえども真剣勝負。 この片倉小十郎、僅かも負けるつもりはねぇぜ真樹緒。
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