08



「さーあ、後は絞るだけだねー。」


渋皮を剥いた栗を火にかけてことこと。
やっぱり栗の甘露煮といえば梔子で、栗にいい色がついたら上質の砂糖を入れて。
でも砂糖だけだと何だか物足りないからはちみつを少し。
火から下ろしてもうそろそろ冷めたはず。


甘い匂いが厨の中を漂って、頭がふわふわする。
こんなに匂いをさせていれば、真樹緒の方からやってきそうだ。
「おシゲちゃん何の匂い」なんて言いながら。
きっとそわそわしながら俺の手元を見て、目をきらきらさせて俺を見上げてくれるんだろう。


ああやだ。
ちょっと楽しいじゃない。
何だか考える事まで甘ったるくなってきたおシゲちゃんだよ。

え?
今更?
やだなぁ、俺だって知ってるよ。


それでも思わず口元が緩んでしまって、それを隠す様に慌てて栗を潰した。
ほら、ねぇ。
俺、女中さん達の間では梵並みにくーるで通ってるからさ。



「あらあら今更そのような事申されましても。」


女中の耳は早いのですよ成実様。
何でもえらく真樹緒様を甘やかしておられますとか。
こちらにも聞き届いておりまする。


「おや。」
「ほほほ、」
「…、参ったなぁ。」


これは困った。
栗を絞るならこちらでと、さらしを手渡してくれた老女中の笑顔に何だか面映い。
とても可愛らしいお方ですものと上品に笑われてしまっては。


やだなぁ。
まさか厨にまでそんなお話が来てるなんて。
もう少しくーるな成実様でいたかったのに。


「ちっともお困りで無い様子でございますが。」
「敵わないね。」


どうやらこの老女中の方が一枚上手のようだ。
あんまりにも白々しかっただろうか?
でもまぁ、真樹緒を甘やかす事はもう今に始まった事じゃないし隠すつもりは無い。
そう言えば「ご馳走様です」とやっぱり笑いながら礼をして、老女中は厨を出て行った。


そんなつもりじゃなかったんだけど。
俺は純粋に真樹緒が可愛くてしょうがないだけなんだけど。
呟いてみたけれど、何だか背中がむず痒くなっただけだった。


「さてさて仕上げだ。」


潰して砂糖を混ぜた栗をさらしで絞って小鞠を作る。
上には少し大きめの栗の甘露を飾って。
これだけじゃぁ甘ったるいから水菓子でも添えてみようか。
織部の小皿に二つ程乗せて小さく切った桃を隣に。


中々よく出来たと思うんだけど。


「うん、おいしそう。」


後は真樹緒が来れば言うこと無いねぇ。
これだけ甘い匂いを漂わせてるんだから、釣られて来そうなものだけれど。


小さな鼻をひくひくさせて。
ふわふわな頭をきょろきょろさせて。
可愛い声で俺を呼んで。
ひょっこり廊下から顔を。


「あー!おシゲちゃーん!」


そう、こんな風に。


「え?」
「おシゲちゃんみっけ!!!」
「真樹緒!?」
「おお!成実殿ではござらんか!!」


あらら。
真田殿も。


そう言えば庭で真っ先に見つかったんだっけ、かくれんぼ。
二人仲良く手なんか繋いじゃって。


……
………


うん?


あれ?
何で手ぇ繋いでるのかな?
何で二人共それが当然な感じでいるのかな?
真田殿、破廉恥はどうしたのかな?


理由によっちゃぁ俺、黙ってられないなぁ。
そういう事はお母さんを通してもらわないと。
にっこり笑って聞いてみたら真田殿が顔を赤くして。


「こ、これは!」


その、
真樹緒殿が某の手を、すっ好きだと申して下さいまして…!
某には大変勿体のうござるが、真樹緒殿の厚意に甘えております所存にございます!


あーそう。
そうなんだ。

なるほどね。
真樹緒がね。


真田殿は何にも悪くないんだけどさ、好青年なだけに何か腹立つなァ。
好青年なだけに。
にっこり笑ったまんまおシゲちゃん頬っぺた攣りそうよ。


「おシゲちゃん?」


どないしたん?
ちょびっと背中あたりに黒いもやもや見えるよ。
怒ってる?


「何でも無いよ。」


俺が怒ってる訳無いじゃない。
まさか。


真樹緒の頭を撫でて笑う。
心配いらないよ。
でも手は離してもらうから。


「ぬ?」
「ほら、真樹緒こっちおいで。」
「なにー?」


おシゲちゃん真樹緒の為に栗きんとん作ったの。
大きな栗が手に入ったからさ。
どう?
食べない?


さっき作ったばかりのきんとんを真樹緒の目の前に。
さぁご覧真樹緒。
この手によりをかけて作ったきんとんだよ。


「ふぉぉぉぉぉ!!」
「真樹緒殿これは!!」
「くり!ゆっきー!、くりきん!!」
「甘い匂いはこれにござったか!」


あら、やっぱり匂いに釣られてきたの。
なんてまぁ簡単だこと。
呆れたように溜息を吐いたら、真樹緒と真田殿にじぃっと見つめられた。



「……」



え、何。
なんなの。

何でそんな二人ともきらっきらしてるの。
きんとん見つめてるの。


何で俺がちょっとときめかなきゃなんないの。


「おシゲちゃん…」
「成実殿…」
「くりきん…食べたいなー、とか…」


あかん?
今食べたらあかん?


くりきん。
くり。
食べたいん。


「…、」


いや、初めからそのつもりだったよ。
食べてもらったらいいなと思ってたよ。
でも何だかやっぱりきゅんとした自分が憎らしい…!
しかも真田殿にまで…!


「おシゲちゃーん。」
「成実殿…」


「………お好きなだけどうぞ?」
「「!!!」」


何だかすっごい敗北感。
真樹緒が可愛いだなんて知ってたけど敗北感。


ああだめだな。
俺、弱い。


この目に弱いの再確認しちゃった。
きんとんの乗った小皿を二人に渡して出るのはため息だけど何か文句ある。


「ぬー!おいしいんー!」

「栗がとろけるでござる!」

「ゆっきー、ゆっきー見てこれおっきい栗入ってた。」

「なんの!某こそご覧あれ!」


うーん。
微笑ましい。


もしかして心配する事無かったかなぁ?
骨折り損だっただろうか。
二人揃って頬っぺた膨らませながらきんとんを食べてる姿はどう見たってそういう雰囲気には程遠い。
湯気の立つお茶を差し出したら「おおきに!」と、「かたじけない!」と満面の笑みでお礼を言われてしまった。


あらまぁ。
幸せそうだこと。


おシゲちゃん嬉しくなっちゃうじゃない。
二人纏めて抱きしめたくなっちゃうじゃない。


「あ。」
「真樹緒殿?」
「、どうかしたの?」


もぐもぐと本当によく動くねぇ、と真樹緒の口を眺めていたらその小さい口が何か思いついたように止まってしまった。


うん?
何かあった?
渋皮でも混ざっていただろうか。
しっかり取ったはずだけど。


「おシゲちゃん!」
「なぁに。」
「みーつけた!!」


……
………


うん?
「やぁ、ほらかくれんぼ。」


こんなまったりくりきん食べてるけど、実はかくれんぼの真っ最中やでおシゲちゃん。
首を傾げた俺に真樹緒が笑う。
つかまえた、って俺の手を握って笑う。


「あ、そっか。」


そう言えば。
俺隠れる場所を探してる最中だったんだっけ。
それで厨の前を通ったら栗がある事を聞いて。
そのままきんとんを作り始めちゃったからすっかり忘れてた。
いつも通りのおやつ時だったしさ。


「ぬふー。」


おシゲちゃん捕まえたん。
ほら、もう逃げれやんで。
そう言いながら真樹緒は顔を寄せてくる。
もう鼻と鼻がくっつきそうな距離なのに真樹緒はそのまま。


「真樹緒?」
「鬼に捕まってもうたらな、」
「うん?」
「ちゅうされるんやで。」


やからちゅう。
おシゲちゃんにもちゅうなん。


……
………


ちゅう?
ちゅう。


目ぇぱちぱちしてもあかんねんでおシゲちゃん。
ちゅうするん。
じっとしててな。
それから真樹緒は俺の頬に可愛い音を立ててちゅう、と。


触れたのは柔らかい唇。
温かい唇。
何だか癖になってしまいそうな唇。


「あー…」


何だろうこれ。
嬉しい。


ちょっと梵の気持ちが分かっちゃって複雑。
だめだめ。
俺はお母さんなのに。


「…、」


可愛い息子が積極的で困っちゃう。
柄にも無く顔が熱くなってきて困っちゃう。


「ちゅっちゅっ。」
「こら、真樹緒くすぐったいよ。」
「まだするんー。」


あとお鼻。
お鼻にしたら終わり。
けらけら笑いながら好きなだけちゅうをして真樹緒が離れていった。


全くこの子は。
真田殿だっているっていうのに。


「…」


……
………


そうだよ真田殿。
どうしたの真田殿。

破廉恥は?


「む?」

「あー、ゆっきーそんなに食べたら喉につまるよ。」


はい、お茶。
かたじけない。


いやいや、ちゅうのくだりは。


いいの。
それでいいの。


俺としては突っ込んできてほしかったんだけど。
恥ずかしくてやるせない。


ちらりと真田殿を窺ってみれば。


某も真樹緒殿にしていただきましたゆえ!


何を気にする事がござろうか!
会心の笑みで爆弾発言かまされたんだけど、それ一体どういう事。
やっぱりちょっとそこで話し合おうか真田殿。

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