05



「さて、どこに隠れ申そうか。」


ぐるりと手入れの行き届いた庭を見て思案した。
遠くの方では真樹緒殿の声が聞こえている。
さん、しい、と可愛らしい声は十まで数えるのにあと僅かで。


急がねば。


待っていて下され真樹緒殿。
真田幸村、尋常にかくれんぼのお相手仕る!


「じゅう!」
「ぬっ!」


ぐ、と拳を握り締めていれば大きな声で聞こえてきた。
何と、もう数え終わってしまわれたか。
これはいかん。
聡い真樹緒殿の事、きっとまずは庭から探られるのだろう。
ここにいてはすぐに見つかってしまう。
ひとまず真樹緒殿の様子を窺うため近くにある松の木に上った。


「ゆっきーやーい!」
「おお、某を探しておられるのか!」


きょろきょろと辺りを見渡しながら、真樹緒殿は庭を歩いておられる。
草むらを探し、灯篭の後ろを覗き。
昼顔の花咲く生垣を潜ってみたり。
たまに何もない所で躓かれたりするのが危なっかしく、思わず背筋がひやりと冷えた。


ぬう。
真樹緒殿は本当に危ういのでござる。


今のような事は甲斐にいらした折も茶飯事であった。
転んでしまったところでふわりと花のような顔で笑われてしまうので敵わない。
思わず差し伸べた手が震えてしまうのだ。
そして「おおきに」とその小さく柔らかな手が己の無骨な手を握れば、何とも言い難い甘さがくらくらとまるで眩暈のように自分を襲ってゆく。


本当に、何だというのだろう。
一体真樹緒殿は某をどうしてしまったのだろう。


因も故も分からず、考えれば考える程わだかまるのは己の腹の底と心の臓ばかりだ。
ただ同じように考えれば考える程、じわじわと今まで知りえた事のない己の中の何かが満たされる。
それは言葉にすれば、温かく柔らかく偶にくすぐったいもので。


いつか真樹緒殿にお尋ねしようと思う。
ゆっきいゆっきいと言って自分を可愛がってくださるかの方は笑って下さるだろうか。


見下ろせば真樹緒殿は池を眺めながら鯉と戯れていた。


「なんと、お可愛らしい。」


漏れたのは笑み。
そう、例のくすぐったいような笑みだ。


「なぁなぁ、鯉さんやい。」


ゆっきー知らん?
某はここに。


「真樹緒殿…」


少し、政宗殿の心持ちが分かったような気がした。
名を呼ばれると面映ゆく、思わず返事を返したくなるのは何故だろう。
名を、呼び返したくなるのは何故だろう。


もどかしい。
そして得難い。
だが、満たされている。


「ゆっきー。」


もう、いっそ出ていってしまおうか。
佐助や政宗殿に何の申し開きもできそうにないが。
苦笑すらどこか甘い。


「ゆっきーどこー。」


ゆっきーの可愛いしっぽやーい。


はて。
尻尾とは何の事でござろう。
某の尻には尻尾など生えてはおらぬが。
思わず尻を触ってみる。


うむ。
いつも通りの尻にござる。



「ゆっーきー!」


おらんなぁ。
そらこんな見つけやすいとこには隠れやんかー。
ぬー。
ほんなら木の上とかやろうか。


真樹緒殿が立ち上がり辺りをきょろきょろと見回し始めた。


「む。」


ここが見つかるのも時間の問題か。
なれば真樹緒殿が彼方を向いた隙に離れるのが得策。
音を立てずに幹を渡る。
葉がわなないたがこれぐらいならば。
すうと息を呑み下に下りる機会を窺った。


「ゆっきー、お庭におらんのやろうか。」


ぬー。
絶対お庭やと思ったのにー。
お城の裏の方行ってみようかなぁ。


可愛い顔が膨れている。
触れてみたいなどと恐れ多い。
また腹の底から焦れが襲って唇をかみ締めた時だった。


「その前にも一回、せーのぉゆっきぃうあ!?

真樹緒殿!?


真樹緒殿の体が傾いたのは。


小さな体は足を滑らせたのかゆっくりと池の方に向かい。
縋るように揺れた手は空を掴んで、頼りなく。
落ちると思った時には松から飛び降りていた。


「真樹緒殿手を!!!」
「え?あ?ゆっきー!?」
「御免!」
「うあ!?」


その頼りない手を掴み己の胸に引き寄せた。
思ったよりも容易く飛び込んできたその体の反動で尻餅をつく。
不甲斐無い。
だが温かく柔らかい体にああご無事だと胸を撫で下ろした。


「…び、びっくりした。」
「お怪我は。」
「ぬ?」


やぁ怪我?
ないない。
大丈夫。
ゆっきーが助けてくれたしね。


「それは何より。」


ぽんぽんと背中を叩き、ようございましたと声をかければ「は!そうやゆっきー!!」と。


「どこにおったん!」


俺けっこう探し回ったんやけどお庭!
ゆっきーの可愛い尻尾探してたんやけど!
大きな目を更に大きくして真樹緒殿が某を覗き込んでこられた。
思いがけない近さに思わず身を引けば「あ」と。


「な、何でござろう。」
「ゆっきー。」
「はい、」


……
………



「真樹緒殿?」
「ゆっきーみーつけた!!」
「…ぬ?」


やぁほら、かくれんぼ。
今真っ最中やん。
ゆっきーみーつけたー。


……
………


は!!何と!!


真樹緒殿にぎゅうぎゅうと苦しいぐらいに抱きつかれてしまった。


ぬぁぁぁぁんとぉぉぉぉ!!
そうでござる!
某はかくれんぼの真っ最中にござった!!
真樹緒殿があれ程おっしゃられていたというのに何たる不覚うぅぅぅ!!


いやしかし。
だがしかし。


真剣勝負のかくれんぼと言えども、あのままでは真樹緒殿が池に落ちてしまわれていた。


そうでござる!
某は思うまま動いたまで。
決してそれが間違いなど…!


「ゆっきーゆっきー。」


間違いなど…!!


「ゆっきー。」
「っ真樹緒殿近いでござる…!!」
「やぁ、ゆっきー百面相してるから。」


どないしたんかと思って。


にこにこと笑われている真樹緒殿の顔が大層近くうろたえる。
そして己の顔が熱い。
それはもう火を噴くほど熱い。
わたわたとその体を引き離そうとすればより一層真樹緒殿が寄り添ってこられ。


そう、寄り添って―――


「っ真樹緒殿!そのはっ離れて!離れて下さらぬか!」

「う?何で急に?」


いやっ、このように近寄られては某…!
某、心の臓が壊れる程早撃ち持ちませぬ…!!!


「やー、ゆっきーかえらしー。」
「真樹緒殿…!!」
「照れてるんー。」


可愛いなぁゆっきー。
そんな真っ赤になっちゃってー。
照れちゃってー。


どなたの所為か…!!


「やぁ、俺?」


でも離しませんよ。
やってかくれんぼの鬼なんやで俺。
見つけた人はこうやって捕まえておかなくちゃー。
ってことで。


ぎゅう。


「真樹緒殿!!」
「ぎゅうー。」


首にまきついてぎゅう。
ゆっきーのほっぺにすりすりしてぎゅう。
照れてるゆっきーがちょう可愛かったからじぃ、ってゆっきーの目ぇ見て。


…真樹緒どの…!
「ぬふふー。」


ちゅう。


なぁぁぁぁぁぁ!!!


ゆっきーのおでこにちゅう。
やってゆっきー可愛いねんもん。
鬼さんにちゅうされたらもう逃げられへんのよー。
大人しく捕まりなさいよー。


そう言って某の頭を離さない真樹緒殿は楽しげで。
止めてくだされと何度も申していますのに。
けれど翻弄されたまま動けない己の身は浅ましく、どこかこの温かな体を離したくないと思っている。


ああ、本当に。
俺は何と。


「んー、ちゅっちゅっ。」
はっ破廉恥にござるぅぅぅぅ!!

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