「カクカクシカジカ、」
シカクイムーブ
「……」
ある朝。 日がな習慣となっている鍛錬から自室へ戻る途中、朝餉の前に真樹緒の寝顔でも見てやろうと部屋を覗いてやれば、真樹緒がよく分からない呪文のようなものを唱えながら筆を持って文らしきものを書いていた。
「カクカクシカジカ、」
真樹緒のおさそい
「見に来て、」
ね!
「奥州へ!」
「……」 「できた!」 「何がだ。」 「!政宗様!!」
手に墨をつけながら誇らしげに筆を振り上げている真樹緒に声をかければ一度肩を揺らし、その後満面の笑みでこちらを振り向いた。 変な呪文の意味は図りかねるが。 頬にも墨をつけていたのか。 相変わらずcuteで何よりだ。
「何かのまじないか?」 「ぬ?」 「「かくかくしかじか」」 「ああ!」
それ?
真樹緒が筆を置き、今書き上げた文を持って近寄って来る。 あんな!聞いて! 目をきらきらと輝かせながら。 今日は一体何を企んでいるんだと笑えば「お手紙書いたん」と、今書き終わったばかりらしいそれを広げて見せた。
「Ah―?」 「さっちゃんとゆっきーにお手紙なん。」
ほら、甲斐から奥州に戻ってきて結構経ってるやろう? 皆元気かなーって思ってやぁ。 ほんで最近戦も無くって平和やん? やからこれお誘いのお手紙なんやで。 そう言って笑う真樹緒は早速その手紙をカー君に運んでもらうんだと、馴染みの鴉を呼んだ。
「カー君、このお手紙よろしくね。」 「ギャァギャァ。」 「さっちゃんとゆっきーに届けてね。」 「ギャアギャア。」 「行ってらっしゃい!!」
鴉の足に「お誘いのお手紙」を巻きつけ、その鴉を空に放った真樹緒はご機嫌だ。 一体何のお誘いやら。 手を振っている真樹緒の背中に覆いかぶさり、ふわふわと揺れている髪の毛に顔を埋めた。 こんなところにまで墨の匂いだ。 おかしくなって思わず口元が緩む。
「政宗様?」 「何のお誘いだァ?」 「ぬ?お手紙?」 「ああ。」
真樹緒が甲斐に文を飛ばすのは珍しい事じゃねぇ。 字を覚えてからというもの、真樹緒は何かあれば文を書き俺を始め小十郎やら成実やら、果ては兵達にまで日記のような文を渡す。 それに返事を書いてやれば花のような笑顔が見れると評判で、今では小さな紙のやり取りが城での日常になった。 けれどその内、城の中だけでは飽き足らなかったらしい。 Targetは奥州を越え甲斐の真田達に及び、今では鴉を使って何かと文を遣り取りしている。
「よく許してるよね。」
いい顔をしないのは成実で。 馬が合わないのか真田の忍への風当たりはきつい。 肩をすくめて見せれば「梵は本当に真樹緒に甘いんだから!」と呆れられてしまった。
「くく…」
甘いものか。 真樹緒が真田や猿にどんな文を書くのか。 そしてどんな返事が奴等から送られてくるのか目を光らせているのは誰だと思っている。 いつだって甘さのその裏に小さな嫉を抱えているというのに。
まぁ、「ゆっきーらからお返事来たん」と。 「政宗様一緒に読もうー」と、言っている内は何も心配する事など無いのだろうが。
「政宗様?」
どうしたん。 あご、痛いん。 のけて。 お手紙何書いたか聞いたんちゃうん?
手を振ることを止め、いつの間にかこちらを向いていた真樹緒が俺の頬をぺったぺった触りながら首をかしげていた。 ああ、そう言えばそうだったか。 「お誘いのお手紙」とやらの。 悪い悪いと真樹緒を腕の中に収め髪を撫でてやる。 改めて一体何を誘ったんだと聞けば、相変わらずのきらきらとした笑顔で俺を見上げてきた。
「あのお手紙な、かくれんぼのお誘いやねん。」 「…Ah?」
かくれんぼ?
「かくれんぼ。」 「何だそりゃ。」 「ぬ?」
政宗様知らん? かくれんぼ。
みんなで遊ぶ遊びなんやけどこう、鬼がおってな。 鬼が目隠ししながら百まで数えて、ほかの人はその間に隠れるん。 百まで数え終わったら鬼が隠れた人を見つけにいくんやで。 全員見つけれたら鬼の勝ちなん。
…… ………
「……真樹緒。」 「うぃ?」 「真田と猿にどんな文を送ったって?」 「やからー、一緒に奥州でかくれんぼしよーって。」
ほらさっちゃんとゆっきーと、俺と政宗様とこーちゃんとおシゲちゃんで。 こじゅさんも誘ってもええんやけど、ちょびっと怒られそうやん? やから六人で。 かくれんぼ。
楽しそうやない? ほら、最近平和やし。 政宗様も暇ってゆうてたやん。 やからここらで一大いべんとでもやっとこかなーって思って。
「…」 「政宗様?」
ほら秋やし。 運動会な季節やん。 皆で遊ぼう。 本気かくれんぼやで!!
「…真樹緒。」 「うぃ?」
お前の行動力にはいつも本当に恐れ入るぜ。 真田と猿がかくれんぼとやらを知っているかどうかは分からないが、あいつらの事だ意味が分からなくともやってくるだろうよ。 いつも通りの猛進で。 間違いねぇ。
「……真樹緒。」 「やからなん?」 「成実も大概やっかいだぜ。」
かくれんぼをやりたいならそれで構わないが、まずは成実と小十郎を懐柔してからだ。 よっこらせと小さな体を抱き上げた。
「ぬー。こじゅさんとおシゲちゃん許してくれるかなぁ」
ぬーぬー言いながら思案顔な真樹緒だが、一国の将宛に子供がするような遊戯の誘いをかけたんだ。 それを断るはずのない相手に。 その行動力と熱意は酌んでくれるだろうよ。
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