05



「へー…真樹緒が独眼竜で、独眼竜が真樹緒なの。」

「ぬー。さっちゃんお耳くすぐったいん。」

ちょっとやだ、可愛い。


さっちゃんどうしよう。
訛りのある話し方も照れたような笑い方も全てが真樹緒なのに、姿形だけが独眼竜の小さな子供はころころと表情を変え、いつも通りに自分の手に懐いて来た。


うん?
旦那?
さっきまで騒がしかったけど、今は庭で伸びてるよ。
独眼竜が入ってるっていう真樹緒に踏まれてね。


どうも。
旦那の世話ばっかり焼いてると思ったら大間違いなんだよ。
猿飛佐助、お久しぶりってねー。


「びっくりした?」
「そりゃぁね。」
「へへー。」


中身が入れ替わっただなんて俄かには信じ難い事だけど、目の前にいるのはどうこをどう見ても真樹緒で。
あのしょっちゅう「かもん!」なんて叫びながら旦那と手合わせしてた独眼竜じゃない。


「で、一体どうやって。」
「おでことおでこをごっつんこしたん。」
……は?


何。
ごっつんこって何それ。


ぶつけるの?
額同士ぶつけたら入れ替わったって?
……本気?


じっと真樹緒を見て、その後ろにいる伊達サンを見た。
ねぇ、ちょっと。
こんな事言ってるけど、実際の所どうなの。


…俺が部屋に行った時、二人とも額押さえながら悶えてたのは事実だよ。


事実なんだ。
深いため息を吐いたのは独眼竜の従兄弟殿だ。
確かおシゲちゃんだっけ?
真樹緒がよく言ってたよね。


「その後人相まで変わっちゃっててさ。」
「へぇ…」


おかしな事もあるもんだねぇ。
中身が入れ替わるなんて。
よく騒ぎにならなかったものだ。
一国の主の大事だよ。


「…小十郎と風魔が城を空けてるからね。」
「あーなるほど。」


少し遠い目をした伊達さんに、残念だけど俺が出来る事は何も無い。
今後の事を考えると、大変だねと肩を叩くぐらいだ。
肩をぽん、と叩いてみた時にきらりと伊達サンの目元に何か光っていたような気がしたけど、気のせいという事にしておこうと思う。


本当に人騒がせだね、真樹緒は。
柔らかい頬を摘んでみても、目の前の独眼竜は笑うだけ。
止めてぇな、さっちゃん。
そんな事を言いながら笑うだけ。


「真樹緒。」
「なん?」
「…」
「…?」
かーわーいーいーなぁ!もう!
「ぬー!」


さっちゃんどうしよう。
首を傾げた真樹緒の頭をぐりぐり撫でた。


やー、まさか独眼竜のこんな姿を見られるとは思わなかったよ。
アンタ実は可愛かったんだねぇ。
いつもこんなだったら色々お仕事も楽しそうなのに。
この際もう、このまんまでいいんじゃない何なら。



……


そうだよ。
いいよねこれで。
ちょっと気の強い真樹緒と、やたら可愛い独眼竜。
いいね。


うん、よし。
これで行こう。


勝手に行かないでくれる。
「あら、伊達サン。」


そして勝手に触らないでくれる。
うちの梵と真樹緒に。
撫でていた手を叩いて伊達さんが言った。


何、そんな顔で睨まれるの心外なんだけど。
奥州のお母さん。


「そう、俺真樹緒のお母さんなの。」
「えー?奥州のお母さんでしょ。」


ちなみに甲斐のお母さん俺だから。
俺だって真樹緒のお母さんだから。
譲らないよ。


にこにこにこにこ貼り付けたような笑顔で独眼竜の手を引き寄せる伊達サンは俺に見せ付けるようにその体を抱いた。


「ぬ?おシゲちゃん?」
「はい、ここでじっとしてなさいね。」
「おひざで?」
「お膝で。」


さっきまで俺に撫でられていた独眼竜は今、伊達サンの手の中だ。
きょとんと俺と伊達サンを見比べながらもぞもぞと動いてたけれど、伊達サンからの何とも言い難い笑顔にひくりと固まり静かに視線をそらして大人しくなった。


「…」


へぇ。
何?
俺が羨ましがるとでも?
洒落臭い。



「真樹緒。」
「う?」
「あっ!ちょっと!!」
「さっちゃんのお膝のが座り心地がいいよ。」


こっちおいで。
独眼竜の体を抱き上げて庭に出る。


旦那も延びちゃったし、真樹緒と独眼竜は入れ替わってるし、なーんか面倒臭いじゃない?
これが旦那と真樹緒だったら話は別だけどさ、奥州の問題は奥州で解決してもらわなきゃぁねぇ。


「さっちゃん?」
「真樹緒。」
「ぬ?」
「お散歩いこっか、」
「おさんぽ!!」


いく!!
さっちゃんとお散歩!
左目をきらっきらさせて俺を見上げる独眼竜にちょっとときめいたのは内緒だ。
ほんっと、もうやっぱりこのままで良くない?


よくねぇよ。


お前に軽々と抱き上げられとる俺なんぞ、気色悪くて寒気がするわ…!


「おっと。」
「うわぁ!!」


屋根に飛び上がろうと身を屈めた時、後ろから聞こえたのは真樹緒の声。
振り返れば独眼竜の武器、六爪が飛んできた。


「真樹緒あんなの持てたんだね凄い。」
「ぬー。そうなん。」


今度俺も一回やってみようかなぁ、って思ってるん。
あれ。
頑張ったらできるかも。


「…まじで?」
「まじで。」



地面にうつ伏せて伸びている旦那を思い切りふんずけて、いつもは可愛らしくて丸い目を今日は吊り上げて、小さな体はずんずんと近づいてくる。
真樹緒を返せと叫びながら。


「何笑ってやがる猿。」
「いやぁ、全然怖くないなって。」
「テメェ!!」


えーだって。
見かけは真樹緒でしょ?
はいはい、可愛いだけだね独眼竜。
こっちにおいでよ。


「両手に花ってねー。」


あはー。
俺様役得。


「なっ!猿!離せてめぇ!」
「政宗様も散歩?」
「そう、一緒に行くよー。」
っ真樹緒!」


てめぇも懐くな!!
じたばたと暴れる小さな体を抱き上げて、俺は思い切り飛び上がった。


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