「ちょっと梵!何今の音!!」 「あー、おシゲちゃんー。」 「………え?梵?」
自室で、梵に渡す書類を選っていたら近くにある梵の部屋から正体の見当もつかないような音が聞こえてきた。
どうも。 日々平穏に暮らしたいのにそんなささやかな願いさえ叶ったためしの無いおシゲちゃんだよ。 別に俺が不憫な訳じゃないからね。 周りが喧しいだけだからね間違えないように。
「ちょっと…梵、?」 「おシゲちゃん、もうお仕事終わったん?」 「いやいやいや。」
え、何これ。 どういう事。 そんなゆっるい笑顔を見たこともなければ、生まれてこのかた梵におシゲちゃんなんて呼ばれた事無いんだけど。 どういう事。
何、病気? 思わず体が固まった。
だってあの梵が。 梵が満面の笑顔で笑ってるんだよ。 しかも俺の事をおシゲちゃんだって…! 薄ら寒い!! これが固まらずにいられると思う…!?
「てめー、ふざけた事考えてんじゃねぇぞ成実。」 「な…真樹緒!?」
そして真樹緒だよ。 いつもほよほよ笑ってる真樹緒が眉間に皴寄せてこっち見てるんだよ。 固まった体がぐらりと傾いた。 どうしちゃったの真樹緒。
反抗期? ちょっと遅い反抗期? それとも何かそんな思いつめる事があったの? そんな言葉遣いおシゲちゃん許さないよ。 いつものやたら可愛い訛りはどうしたの。
ほら。 「おシゲちゃーん」って言ってごらん。
「おシゲちゃーん。」 「梵に言ってないよ…!」
薄ら寒い!! ほんと冗談は止めてくれない…!!
ぐる、って振り返ったら梵が何だか困った顔で俺を見上げてた。 ハの字に歪んだ眉に、少し歯を食いしばった唇、そして何だか目元が揺れている。 揺れた目元はじわじわと潤み始めて今にも泣きそうで。
そう、泣きそうで―――って
きゅん
「いやいやいや!落ち着け梵!!」 「お前が落ち着け。」 「だから真樹緒言葉遣い!!」 「よく見ろ成実。」 「え?」
いつの間にか後ろにいた真樹緒に頭をスパンって叩かれて、思わず見下ろしてみれば不貞腐れたような顔が俺を見ていた。
普段の真樹緒じゃなくて、少し目つきが鋭い。 そして髪の毛を掻き揚げる仕草がどこか梵と被る。
あれ、何で。
首を振ってもう一度真樹緒を見た。 いや、目つきがちょっと鋭い真樹緒だって可愛いよ。 いつもと違って。
でも、さ。 目の前にいるのはやっぱりどこか真樹緒じゃなくて。
「も…もしかして…」 「…ああその通りだ。」
入れ替わった。 Changeだ成実。 真剣な顔で俺の肩を叩く真樹緒は、もうどこからどう見ても梵で。
「ぬー。頭ごっつんこしてんー。」
よかったー。 おシゲちゃんに気ぃついてもらってー。 ほよほよ笑って頬を赤くしている梵は明らかに真樹緒だった。
入れ替わったってどういう事。 ちぇんじってどういう事。
…… ………
「何って非常識な…!!!」
そして色々面倒臭い!! 絶対俺が疲れるだけだよね面倒臭い!! しかも小十郎にまだ言って無いでしょ俺知らないよ。 それに今日は甲斐から真田殿が来るんじゃなかったっけ。 俺知らないよ。
「shit!忘れてたぜ!」 「ぬー?ゆっきーら来るん?」
ほんならゆっきーらもびっくりするかなー? やー、楽しみー。 ぬー。
「…」 「おシゲちゃん?」 「…いや、本当に入れ替わったんだね。」
何か複雑。 梵が可愛いって複雑。
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