「……」


広い座敷の中央で座禅を組む者が一人

感情を表に出すことは無く、その双眸を閉じて瞑想に耽っている

すると、ひらりと何処からともなく白い蝶がやって来て、彼女の肩に止まった

だが、彼女は束の間の休息をとる蝶に意識を向けることはない

安心して蝶は羽を僅かに動かしながら、休む

穏やかな時間だった

戦からも、政からも離れた世界

彼女と共にいる彼も、そんな世界を好んでいた

人間の作り出す喧騒は好きではない彼は、兎に角騒がしい人間が好きではない

彼女の想い人は静かな人間なので、気に障ることはない

だが、時折訪れるあの男は好きではなかった

彼は兎に角五月蝿い

――噂をすれば、ほら五月蠅い足音が……


「桔梗いるか!!?」


けたたましい足音共に、座敷の襖が開け放たれる

けたたましく襖を開け放った隻眼の青年は、中央で座禅する相手を見つけると、ズカズカと彼女の近くに寄る

そして、未だに瞑想を続ける彼女に、音が出るほど思いきり指を差した


「遥々奥州から参った!! おい、俺と手合わせだ桔梗!!」

「……」


しかし、瞑想をしている女性、もとい桔梗は、騒がしい来客を無視

いや、正確には瞑想をしているために、喧騒は遮断されているといったところか

しかし、青年は気にすることも無く、彼女の肩を叩いた

否、叩こうとした


「ぶほっ!!」


肩に手が触れる瞬間、眼を開いた桔梗は青年に素早く足払いをして、その場に転がしたのだ

突然の足払いに政宗は受け身も取れずに、尻をついた

足払いをした勢いで、その場に立ち上がり、ようやく来訪者の顔を見た


「……政宗か」

「政宗か、じゃねぇよ!! 相手を確認せずに転ばすんじゃねぇ!!」

「急に近寄る方が悪い。あと、受け身はとれ、危ないから」

「っこの!! 上等だ!! 表にでろ桔梗!!」


ズカズカと大きな足音を立てながら、政宗と呼ばれた青年は襖を開けて中庭へと向かう

この二人が手合わせするには、室内は色々と危険なのだ

以前、政宗が室内で手合わせを申し出たら、当然のようにその場で手合わせが行われたのだが、その際に室内が酷いことになった

物が散らかるといった可愛いものではなく、修繕が必要なほど部屋が壊れた

当然、帰ってきた家主に怒られ、二人とも反省した

だから、手合わせする時はいつも広い中庭を使用する

猛る政宗に続いて、桔梗も中庭に移動する

そこには既に片倉小十郎がおり、桔梗がやって来ると、礼儀正しく頭を下げた

桔梗は彼に視線だけ向けて、その挨拶を受け取り、すでに竹刀を構える政宗と対峙する


「今日こそは地に伏せさせてやる!!」


お前では無理だということが未だに理解できないのは何故なのか、此方が理解に苦しむ

足りないのは腕力ではない、圧倒的な経験の差だ

政宗には才能がある、力がある、五月蠅いが頭も悪くない

だが届かない、死線を潜り抜けた数が経験として実力に出てしまう限り


「あぁ、頑張れ」


桔梗もまた、手加減というものを知らない女であるから、政宗は常に叩きのめされる訳ではあるのだが

それでも諦めずに向かってくるところは、いっそ驚嘆に値すると言える


「ぐほっ!! くそっ、まだだ!!」


何度地に伏せられても、臆することなく立ち向かう政宗

それを何度も何度も政宗が疲れて動けなくなるまで繰り返された

やっとのことで、政宗が仰向けに倒れ、額どころか顔中に汗の粒を作り、荒く息をする

時刻は既に夕刻であった

出掛けていた家主が戻る頃だ

桔梗もそのことが分かっていたのか、最後の方は勢いよく政宗をぶっ飛ばしていた


「っだぁ〜!! また負けた!!」

「本日も一度も当てることができませんでしたね、政宗様」

「うるせぇ小十郎!!」

「政宗も成長している、昔に比べたら」

「何時の頃と比較して言ってやがる、桔梗」


無言で腰の辺りの身長を現した桔梗に政宗が再び怒りを口にしようとした時、桔梗がふらりと歩き出した

帰って来たのだ、家主が

女中に来客の事を聞いたのか、家主は真っ直ぐに中庭へとやって来た

そして、地に倒れる人物を見て、ほんの少しだけ呆れを含んだ表情を見せた


「また、来ていらっしゃったのか、政宗公」

「おう、邪魔してるぜ、三成殿」

「貴方も懲りないな」

「言っとけ」


挙げた手をひらひらとした後、糸が切れたように手を降ろして寝転ぶ政宗

長時間手合わせした疲れがどっときたのだろう、それきり呆けた様に空を見上げていた

そんな彼を軽く嘆息してから、そっとしておくことにした家主、もとい三成は出迎えた#NAME1##へと体の向きを変えた


「今帰った。変わりはないか?」

「何もなかった」


彼の問にこくりと首を縦に振る桔梗


「そうか」

「……おかえり」

「あぁ、ただいま戻った」


他には見せない柔らかな表情を浮かべ、桔梗の頬をするりと撫でる三成

それを少しだけくすぐったそうに受けながら微笑む桔梗

三成が出掛けて、帰って来るだけで彼女がそのような顔をするのなら、こんな日常が続けばいいと、柄にもなく思った

彼女の旅が、このまま此処で終わればいいと思った

そう、柄にもなく、この私が





























‐END‐

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