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「―――――なるほどなぁ。桔梗は黒服の二人に連れられて北野天満宮に、か。んで、その時のことを思い出せない、と」
あれから三人は北野天満宮から裏七軒に戻ってきた
はなと致佳人は帰ってきてはいなかったが、すでに桜が帰ってきており、橘と春も再確認のために桔梗に話を聞いていた
「こりゃあ、また家光の隠威の仕業かねぇ」
「その、家光さんは隠威の力で記憶を消すというのはかなり厄介ですね…」
「あぁ、まったくだな」
豊臣方、そして中立の者の中にも家光の隠威の力を知る者はいない
しかも、家光にあったことがある人間は必ずその記憶だけが抜け落ちている
だから、家光に接触し、闘ったとしても隠威の力を知ることはできない
厄介この上ない相手である
「…だが、家光はわざわざ危険を冒してまで桔梗に接触をした。これで終わりとは思えない。次も必ず接触してくる可能性は高い」
「橘…」
この場の誰よりも家光の情報を欲しがっているのは橘かもしれない
春は今まで共に暮らしてきた中でそう感じていた
橘から少しだけ、事情を聴いていたからかもしれない
肉親を攫われ、監禁されていると
桜もはなも目的と願いがあって家光と闘うことを選んでいる
詳しくは知らないが、それは命を懸けるにふさわしいものだということはわかった
だからこそ、こんなにも皆必死になっているのだ
春はそれがわかっているからこそ、桔梗を囮にしようとしている橘を咎めることはできなかった
「春、私はそれで構わない。私もあの者にはもう一度会いたい」
春の言いたいことを察した桔梗がすんなりとそれを受け入れた
「どうして、ですか?」
会えば危険な目に遭うことはわかっているのにどうして桔梗はそのようなことを言うのか
春はほとんど反射的に問い掛けていた
「あの者…家光は、私の忘れてしまったことを知っている、そんな気がするからだ」
「記憶をそんなに取り戻したいんですか、桔梗は。もう失ってしまったものなのに悲しいってわかっているのに、どうして…」
「失っているからといって忘れていいものではない。過ごした日々は私のかけがえのないもので、今日まで生きてきた私を形作るものだから。それに、何を知っても私にはもう一緒に痛みを分かち合ってくれる者たちがいるからな」
だから大丈夫だと、桔梗は言う
「…桔梗。協力して貰う俺の目的を伝えておく。俺の双子の姉、杉と双りの隠威を家光から取り戻すことだ」
「承知した。私の力及ぶ限り、協力しよう」
「…礼を言う」
「大丈夫さ、春。桔梗は周りに頼ることを知っている。無茶はしないだろうし、無理もしないさ。春がいるからな」
なっ、と桜が春の頭を優しく撫でる
「…はい、そうですね」
春が小さな笑みを桜に返し、昼食の準備のために立ち上がった時、玄関から戸を開ける音が聞こえた
「はな達が帰ってきたのでしょうか? 見てきますね」
ぱたぱたと玄関へと駆けていくと、思った通りそこにははなと致佳人がいて、履物を脱いでいた
そして、裏七軒の持ち主の秀次と隠威の神言が室内へと入って来る
「やあ、春。お邪魔するね。元気にしてた?」
【うむ、体調は万全かえ?】
この二人(?)の突然の訪問には慣れていたが、この後に続く二人には驚かされた
「よぉ、春」
「お久しぶりです春さん」
黒い眼帯の少年と着物のよく似合う男性
「政宗さんと小十郎さん…!?」
珍しい二人の突然の訪問に、また物語が大きく動く予感がした
-be continue-
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