北野天満宮に一人残された桔梗はどうしたものかと少し困る

裏七軒に帰ろうと思えば一人でも帰る事はできるのだが、商店街に橘と春を置いてきてしまっている

このままでは自分がいなくなった事に気が付いた二人が探し回ってしまうかもしれない

だが、此処からあの商店街に行く事は出来ない

まず、道がわからない

加えてこの手にある太刀を持ったまま往来を歩く事は出来ない

春に教えてもらったが、この時代は刃物などの武器を持ったまま歩き回るのは御法度らしい

なんでもホウリツというもので決められているとか

太刀を此処に置いていくという事も一瞬考えたが、それは出来ない

これは自分の大切なものである事は感じる

私の為にあの人が創った太刀だ

大切でないわけが無い

そう、私の―――


「あ、橘、いました! 桔梗!!」


突如境内に響いた声は聞き覚えのある声であり、思考を中断して桔梗が振り返る

すると、春と橘が駆け足で此方に駆け寄って来るのが見えた


「急に姿を消したので心配したんですよ」

「…すまない」

「でも、無事でよかったです。何所にも怪我はありませんね?」

「ああ。平気だ、春」


体の異常を探す春に問題ないことを伝えると、安心した様に春は肩の力を抜いた

桔梗に異常のない事を確認した橘が彼女に問い掛ける


「その手にある物も含めて、何があった」

「その手…。あぁ、本当です、それ、どうしたのですか?」


桔梗の心配をしていて気が付いてはおらず、橘に指摘されて初めて気が付いたらしく春が少し大きめの声を上げて驚いた

この太刀の説明よりも先に、此処に至った経緯を説明した方がいいだろう

桔梗は先程までに起こったことを思い出しながら順を追って説明しようとする


「…商店街の脇道に逸れて休憩していたところ、見知らぬ者達に連れて来られ、此処で…」

「? どうした」


言葉に詰まった桔梗を不思議に思った橘が声を掛ける


「いや、此処で人に会ったのだが…」


一体どういう事だろう

此処で会った者達の特徴どころか外見さえも思い出せない

相手が三人いたのは覚えている

彼らのうち、一人に攻撃されたことも

その会話も覚えている筈なのに思い出せない


「すまない。私にもよく分からないのだが、思い出せないようだ」

「何?」

「思い、出せない? …橘それって」

「家光か…。会話は? 何か覚えている事はないか」


橘と春は桔梗が相手の事を思い出せない事に心当たりがあるらしい

言われたとおり、何か覚えている事を必死で探してみる


「相手の者達が私の隠威を出せと言って襲いかかってきた。なんでも、無理矢理出させるつもりだったらしい。だが、相手の攻撃に当たる寸前にこの太刀が私の手から出てきて防ぐ事ができた」

「手から出てきた? それに桔梗の隠威を狙った…?」


桔梗が秀次の裏七軒にいる以上、興味を持った徳川方が接触してくる可能性は十分にあった

隠威持ちであるなら彼女の事は筒抜けである

だが、いくら何でも行動が早すぎるし、接触を図るのも相手にとってリスクは少なからずある

ましてや此処は裏七軒の目と鼻の先だ

今回は自分や桜、はなが外出していたから接触はなかったものの…

家光の隠威の異能がいくら優秀だろうと、危険を冒してまで何故今接触してきたのか

それほどの価値が桔梗にあるということなのか

考えたいことは山ほどあるが、今はそれよりも先に考えることがある


「ひとまず、裏七軒に戻るぞ。…それは仕舞えないのか」

「出てきたという事は仕舞えるはずですよね? 流石にこのまま持って行けませんし」


模造刀ということにすればなんとかなるかもしれないが、鞘もないので危なすぎる


「どうやって出したのかもわからない。仕舞い方もわからない」


一体どうしたものかと、悩む三人

刀を持った桔梗にちらほらといる参拝客の視線が刺さる

模造刀か何かと思っているらしく、騒ぎにはなっていないがこのまま此処にいるのはよくないだろう

三人はあまり目立たぬ様に境内の端に避けた


「あ、そうです! 出した時と逆の言葉を言ってみるのはどうでしょう? 出てきた時は何と言っていたのですか、桔梗」


其処で戻し方を考えていた春が、これだと言わんばかりに手を叩いた


「出たときか? 確か、『出でよ緋ノ御刀』と」

「でしたら『収めよ緋ノ御刀』でどうでしょうか?」

「いくらなんでもそんな単純なわけないだろう」


だが、やらないよりはいい

そう思った桔梗が言われたとおりに唱えてみる


「収めよ緋ノ御刀」


すると、光が生まれて収束し、今度は出てきた時とは逆に太刀が桔梗の手に消えた


「収まり、ましたね」

「…帰るぞ」


溜息をつきたくなるのを我慢して、橘が促した

二人も頷き、皆の住まいである裏七軒へと向かう

裏七軒に向かっている途中で、さきほどの会話を断片的に思い出す


「お祖父様…か」





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